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「相場ぁ?」
「うん。変なのは分かっているけれど」
「…………あんた、本当にボンボンなんだね……まあまだ常識があるからいいか」
そういうとカレンは頭をかいて煙管を吹かす。この大陸が共通用語、共通硬貨で良かったとつくづく思う。
「例えばだけれど、この国では法術と細工が此処は有名でしょう?僕がカレンさん」
「カレン」
「……………カレンにあげた奴は何の細工もない。でも魔法が込められていた。そして更に宝石。だからカレンは驚いたんだよね?」
目くじらを立てられて慌てて言い直す。カレンはよしよしと納得したようにもう一度紫煙を吐き出すと、そうだねぇと口に出した。
「その通りだよ。此処では法術や細工、宝石類は兎も角魔術系は疎い。法術も混ぜて三つも付与されている宝石なんて早々お目にかからないしね。そうだね、大体……安くて金貨一枚、多く見積もって金貨三枚、ってところかね」
「えっ、そんなにするの?」
「何だい、ボンボンの割には価値は分かるんだねぇ」
「昨日の仕立て屋とこの宿の相場で」
「……あんた、賢いね」
「そうでもないよ。こうしてカレンに教えて貰わなければ分からないままだった」
言葉を交わし、一度落ち着く。カレンはもう一度煙管を吹かし、マサは水を飲みほした。
「あと、出来れば上物の杖が欲しいんだけれど」
「それなら都市に行かないとないねぇ。この国の都市は知っているかい?」
「確か……クロイツイン?だっけ?」
「そうそう。ここからだと馬車で一週間、てところかね」
「うーん……因みに、路銀はどれくらいかかりそう?」
「銀貨十五枚ってところかね。食事抜きで」
今マサの手元にあるのは、昨日の仕立て屋で手に入れた銀貨三十二枚。ぎりぎりだ。
「因みに僕魔法使いなんだけれど、どこか稼げそうな場所ってあるかな?」
「それもクロイツインだね。ギルド登録してみればいい」
「ギルド?」
初めて聞く単語に、マサは首を傾げた。それは知らなかったかとカレンは笑う。
「冒険者ギルドって言ってね、まあいわゆる何でも屋みたいなものさ。時には危険な仕事もあるし、そうでない仕事もある。ギルドに登録するには試験があるけれど、自分から魔法使いだって名乗ったんだ。それなりの実力はあるんだろう?」
「まあ、一応」
危ない。
言葉を濁し、マサはそこから話題を反らそうと言葉をつづけた。
「それで、そのギルドに登録すれば稼げるの?」
「ランクが高ければ高いほど稼げるね。ただしその分命の危険が伴う場合が多くなってくる。最初はGランクからスタート。仕事を真面目にやっていけばすぐにランクは上がる。壁になるのはEランク、B、A、Sかね。因みに下からG、F、E、D、C、B、A、S。仕事の成功数によってランクは上がっていく。失敗すれば違約金としてそれぞれのランクに応じて支払いが発生するから気をつけなよ」
「……成程。因みに飛び級で依頼を受ける事とかも可能なの?」
「二段階までなら。但しCより上は出来ない。違約金も高いし、それこそ本当に命に係わる仕事が多いからね」
「ふーん……」
「クロイツインに向かうのかい?」
改めて問われ、マサは唸る。正直、この村で少し路銀を稼ぎたいところだけれども、そういう仕事はなさそうだ。そして魔法具を金銭に変える店もないという。どちらにしろ、都市に向かうしかなさそうだ。
「……うん、そうするよ。この村では仕事を見つけるのは難しそうだし」
「それは言えてるね。あたしもこの村の用心棒ってだけだ」
「え?そうだったの?」
「そうそう。だから誰かが来た時様子見をして態とすれ違ったりするんだよ」
「ああ、だから……」
最初にカレンに会った時のことを思い出し、マサは納得する。あれは自分が危険人物かどうか調べるためのものでもあったのだ。
「悪かったね」
「ううん、結果として良くしてもらったから僕は疑われても気にしないよ」
もっと大事の疑いだってかけられているのだから。
その言葉を頭によぎらせ、小さくため息を吐く。それはカレンにもみられていただろうが、彼女は何も言わなかった。
「クロイツインに向かう馬車はこの村からじゃ出ていない。隣のケインの街に向かいな。そこだったら、ある程度旅の準備も出来るだろうから。後はあんた次第だね」
「分かった。ありがとう、カレン」
「あれに比べればお安い御用だよ」
言って赤い口紅を塗っている口角を上げるカレン。赤色が良く似合うなとぼんやりと思った。
「……あ、そうだ」
その時にふと思い浮かび、マサは空間魔法から一つの宝石を取り出した。
「これ、カレンにあげる」
「え」
マサが取り出したのは、攻撃力の上がる魔法、小さな傷を癒す法術が付与されているルビーの指輪だ。
「あれだけで十分だよ」
「ううん、僕がカレンに貰って欲しいんだ。護身用。この国の法術には及ばないけれど回復法術と、攻撃力を上げる魔法がほどごされているよ」
プレゼント、と言ってマサはカレンへとずいっと指輪を差し出す。正直この国では通用しない細工だとは思うが、護身用としては多少役立つだろう。マサにとってはとても大事な情報を貰えた。個人としての礼を渡したいと思うのは通りだった。
「………じゃあ、もし今度会った時には返すよ。それでいいだろう?」
「貰って欲しいのに」
しぶしぶと言ったように受け取るカレンに、小さく笑みを浮かべる。カレンはぶっきらぼうだが仁義がある。彼女のような人に最初に出会えて自分は運が良かった。
「じゃあ地図と……食料かな」
「だね。空間魔法が使えるならそれぐらいでいいだろうさ。店に案内するよ」
「ありがとう」
カレンが煙管をかんっと叩いた後立ち上がり、マサもそれに続く。宿を出、表通りをどんどん進む。
「カレンともここでお別れだね」
「あんたには良くしてもらったねぇ」
「僕の台詞なんだけれどなぁ」
突如として現れた変人、もとい世間知らずを良くぞここまで親切にしてくれたものだ。場合によっては騙し取る事も出来ただろうに、カレンはそれをしなかった。それだけでマサからしてみれば十分だ。
「そりゃあんな宝石見せびらかせられたらねぇ」
「えっ、そんなつもりじゃなかったんだけれど?」
「冗談だよ冗談。でもね、気をつけな。あたしみたいに気まぐれで親切心を寄こす人間は兎も角、騙し利益を得ようとする輩は多いからね」
「それは僕も考えたよ。だから最初にカレンに会って良かった」
「村の信頼にも関わるからね。それが無かったらちょっとは騙してたさ」
そうは言うものの、カレンがそんな部類の人間だとはもう思えないでいた。彼女の言う通りかもしれない。けれど結果はこれだ。文句の言いようもない。
照れたように言うカレン。その反応に小さく笑う。大丈夫。きっと、今後も何とかなる。そんな気がしたのだ。
「おーい、親父さん!」
「はいよ!おお、カレンちゃんじゃねーか!店に来るなんて珍しいね、どうしたんだい?」
「ちょいとこの子が旅に出るってんでその準備の手伝いさ」
そうこうしているうちに売店へとたどり着いた。カレンの村人への顔効きは良好、矢張り悪い人間ではないのだろう。
「この子がかい?聞いちゃわるいかもだが、お前さん幾つ?」
「十五です」
「若いね、けれど冒険者ならそれぐらいなのか?」
「そうだねぇ。もう少しで絶頂期になるんじゃないかねぇ」
言われて目を瞬かせる。そうか、世間的には自分はまだ若い方なのか。少しだけ認識を改めた。
「クロイツインまで行こうと思っているんです。なので、その準備をここでさせて下さい」
「任せな。カレンちゃんのお客さんだ、聞きたい事があれば何でも聞きな」
「聞いといて損はないよ。この親父さん、元冒険者だからね」
「えっ!?」
見たところ四十前半、といったところか。まだまだ現役でいられそうなのに、何故店をかまえたのだろう?
「……あっ、もしかして商人だったとか?」
「何言ってんだい、親父さんは結婚のために定住したのさ」
「あっ、そういう事!?おめでとうございました」
「おう、ありがとよ!」
自分の解釈違いだった。思わず頭を下げれば、呵々と笑いが飛んでくる。
「……マサ、あんたちょっと抜けてるって言われないかい?」
「え?……あ、あ~……」
「身に覚えがあるんだね?まあ、あんたの頭脳なら大丈夫だろうけれど、気をつけなね」
「うん、そうする」
改めて振り返れば変な受け答えをしていたことに気付く。しかし親父さんは笑い、気分を害した様子もない。そのことに今は胸を撫でおろした。
「とりあえず念の為の携帯食材だな。あと……鞄はないのか?」
「あ、僕魔法使いで、空間魔法が使えるのでそこに収納しようかと」
「あぁ、そういう事か。魔法使いなのに杖もってないなんて珍しいね」
「今は収納しています」
「そういう事か」
嘘は言っていない。納得させて改めて旅道具を拝見する。
携帯食材、ナイフ、毛布、火起こし用具など様々だが、中には不要なものもある。
「すみません、火起こし用具は不要です」
「何でだい?」
「僕自身が魔法使いだからです。ただ、ナイフは護身用にもう一本用意して貰えますか?」
「成程、でも魔法力切れとかはあるんじゃないのかい?」
「一応クロスクルでのお墨付きです」
「ほう、それじゃあ大丈夫か。ナイフが二本か……もしよければ、予備としてもう二本用意するか?」
「そうですね……念のためお願いします」
「あいよっ!」
会話を続け、双方共に納得のいく道具一式が揃った。会計を済ませ、改めて地図以外を空間魔法を使い収納する。
「テントやランプとか不足している分はケインの街で補充が出来る。またこの村に来ることがあれば寄ってくれ。サービスできるかどうかはその時次第だが、お得意さん扱いにさせてもらうよ」
「ありがとうございます。代わりに宣伝しておきますね」
「良く分かってる!ありがとよ!」
挨拶が終わり、地図を持ちながらカレンへと視線を戻す。するとカレンは何かを品定めする様にマサを見ていた。
「……カレン?」
「……ああいや、悪いね、何でもないよ。……これはあたしの勘だし、流してくれても構わないが……今クロスクルは緊急で捜索願が出ていてね。各国に情報が散らばっているから、気を付けた方が良いよ」
言われ小さく息を呑んだ。先ほどクロスクルの名前を出してしまったので、カレンのように察しが良い人物には特定されやすいのだろう。失態した。
「どういう事?」
「とりあえず、人間違いで巻き込まれないようにってところかね」
「うん、わかった」
カレンや昔みんなに言われたように、どこか抜けていると言う処を早急に直さねばならない。密かに気を引き締め直し、マサは改めてカレンに隣町に行くルートを確認した。
隣町、ケインまでは徒歩で半日ほどと聞き、マサはすぐに移動することを決意する。ケインからクロイツインまでが長いが、一か所に長くいるのは控えた方がいいと思ったからだ。
「じゃあカレン、ありがとう」
「あたしも少ししたら冒険者に戻るからね。もし機会があったらよろしく頼むよ」
「分かった。こちらこそその時はよろしくね」
「ああ、道中気をつけな」
「ありがとう!それじゃあ」
挨拶は簡単に済ませ、改めて教えて貰った道を確認しながら進む。しかしルートは一本のみ。どうやらケインの街から四方に村が続いており、そこが最終地点のようだった。これなら迷う事はないだろうと少し荒れている道を進んでいく。
途中すれ違う人もいた。恐らく交易目的だろう馬車もだ。そういえばあの村の名物とかはあったのだろうか?ふと思い出そうとするが、しかし意識していなかった分記憶に残っていない。失礼な事をしてしまったなと思う。
そのままひたすら進めば、途中で昼に差し掛かった。小腹が空いたこともあり、そして街で補充が出来るのは確実だろうということで試しに携帯食を食べてみる。
「…………」
無言で土に埋めようかと思った。
「……僕の知らない事、まだまだ沢山あるんだな」
こんな些細な事だが、しみじみ思う。勿体ないという意識も働き、何とか全部口にした後水で口直しするが、余計不味さが引き立ってしまった。
野宿をするときはこんな日々が続くのか……それならば一昨日までのように近くに生えている植物を狩った方がいい。
心に決めて、改めて休めていた足を街へと向けた。
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