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思いのほか早くクロイツインにたどり着いた。
途中で車輪の不調により馬車の乗り換えがあったが無事たどり着いた。路銀もぎりぎりだが足りた。他の客と同じ様に宿には泊らず、更に食材も自分で探し出せば乗り切れた。寧ろ少しだけ余裕がある。
が、油断は出来ない。とにかく今持っている使わない魔法具を金銭に変えねば。
「すみません、換金所ってどこら辺にありますか?」
「それならそこの門の横にあるよ。外貨交換所でもあるから、人ごみに気を付けてね」
「有難うございます」
「良い旅を」
「はい、良い旅を」
馬車でお世話になった一人に声をかけて場所を確認。その後お互いに手を振り別れを告げ、マサは改めて換金所へと向かった。五十人ほどは入れるだろうそこは、確かに他国からもやってくるのだろう、人で溢れていてマサは埋もれそうになる。
(えーと)
きょろりとあたりを見回す。硬貨引換えではあるが、受付が分かれている。他の大陸の硬貨とこのアラン大陸の硬貨を引換えする外貨交換受付が主だ。しかしマサが目指しているのは物を硬貨に変える場所、換金受付。看板を探し、あちらこちらへと視線を動かす。
「あ」
あった。入って左階段奥、他とは比べて小さな受付だった。探しにくいはずだと納得しつつ、マサはそちらへと向かう。
「すみません」
「はい、物資とのご交換ですか?」
「はい」
「では現物をお願いします」
受付で現れたのは紳士的な男性だ。歳は四十代ぐらいだろうか。眼鏡をかけており、場合によっては執事にも見えなくない背格好だ。マサは空間魔法からいくつか品を出していく。成るべく法術がかかっていない、魔術付与が多い品物だ。
「この三つ、いくらぐらいになりますか?」
「…………」
取り出したのは手のひらに収まる水晶の宝玉、カレンに渡したのより小さめなアメジスト、そして金の腕輪のアンクレット。それぞれに氷魔術と隠蔽魔法、静穏魔術などが付与されている。
それらを目視、そして魔法により鑑定され、溜息を吐かれた。
え。なにその溜息。
「…………恐れながら、少々時間を要します」
「というと?」
「すべて高額の値が付きます。この支店ですべてをご交換となると、お金の用意に時間がかかります。本部へと連絡も行いますので、そうですね……二日ほど、お時間を要するかと」
「…………因みに、今直ぐに交換できるものは?」
「金のアンクレットですね。大金貨百枚です」
思った以上の金額だった。これでは目立ってしまう。
マサはそれだけで、あとは保留にすると伝えて宝玉とアメジストを仕舞う。カレンが目を剝いたのもこれで理解した。クロイツインでも交換できないのでは、彼女が驚くのも道理だ。
「いやはや……長年この仕事をやってきたつもりですが、まさかこのような事態になるとは……」
「なんだかごめんなさい。でも、誓って盗品などではないですよ」
「存じております。盗品だった場合、鑑定魔法の時に引っ掛かるはずですので。因みにこれらは財産か何かでしょうか?」
「……そう、ですね……知人の、遺産の一つです」
言いにくい。だが正直に言わないと余計聞かれるだろう。そう判断して言葉を濁しながら伝えれば、男性はすっと頭を下げた。
「失礼な事をお尋ねしました」
「いえ……」
「では、只今ご用意しますので少々お待ちください」
それだけ言うと男性は奥へと引っ込む。その間受付の真横で待っていたら、視線を感じた。ぱっと顔を上げれば、さっとそらす人間が複数。
(…………ああ)
今の話を聞いていたのか、と直ぐに分かった。場合によっては攻撃を仕掛けてくる人物もいるかもしれない。視線をそらした人物は五名。その顔を覚え、更に注意深く周りを観察する。少し魔力を流せば、聞き耳を立ててる者も三名ほどいる事が分かる。すべて別人だ。グループなのか、個人なのかが気がかりだ。念の為空間魔法にすべて保管させ、直ぐに杖を調達しようと決意する。
「お待たせいたしました。こちらとなります」
「有難うございます。因みに、前に使っていた杖が事故で折れてしまい、魔法杖を探しています。どこかいい場所はありますか?」
暗に自分は魔法使いでそれ相応の力を持っているぞと主張する。子供だと舐めてかかられては困る。
男性は魔法使いの方でしたか、と一言添えてから地図を取り出す。
「ここは西門になります。質の良い杖をお探しでしたら中央地区にある『鏡の心』というお店が良いかと思われます。また、低額の宿をお探しでしたら中央と東門の間にある『馬の蹄』、安全確保という意味合いでしたら北門付近の『ワンドルツ』をお勧めいたします。そしてクロイツインの四方の門にはここと同じく換金所がございます事と、本部は北門と連なっておりますのでもし先ほどの品を再度となりましたらそちらの方が通りやすいと思われます」
「ご丁寧にありがとうございます。ついでに冒険者ギルドはどちらでしょう?」
「中央地区のこの辺り、噴水が目印ですね。他の商業ギルドや運用ギルドなどもあるので、分かりやすいかと存じます」
「重ね重ねありがとうございました。早速行ってきます」
「はい、良い旅を」
良い旅を、という挨拶はこの国では別れ際によく使うのかもしれない。先ほども聞いたそれに、マサは頭を下げてさっさと移動を始める。兎に角代用になる杖を用意しなければ。
「…………『鏡の心』ねぇ……」
先ほど聞いた宿屋の名前に、何か引っかかりを感じる。何だったかは今は思い出せない。人ごみを避け、波に乗りながら中央地区へと向かう。途中で隠密魔法を全身にかけた。先ほどの事もあるので念の為だ。
そうして暫く歩けば、漸く中央地区の目印であろう噴水が見えた。あたりを見れば冒険者ギルドも見つかり、こっちについてはもう迷う事はなさそうだ。
更にあたりを見回す。すると、ちょっとした構図に気が付いた。
ギルドはこの噴水を囲うように建てられている。恐らく中に入れば更に奥に土地が広がっていると思われる。が、そのギルドの間に武器屋、防具屋、魔法具店、生活用品店、冒険者用品店が入っている。冒険者ギルドの両隣りに武器屋と防具屋、冒険者用品店。その生活用品店の横に商業ギルド。商業ギルドの横に生活用品店。その横に運用ギルド。運用ギルドの横に魔法具店。そしてその横が武器屋に戻る。勿論、各店舗は複数の店名が並んでいる。これは面白い。ギルドの横となると相当敷居が高いだろう。ちょっと期待していいかもしれない。
教わった通りに武器屋の中の一つ、『鏡の心』へと入店し、隠密魔法を解いた。中には様々な杖が掲げられており、樹だけの物もあれば細工にこだわっているもの、魔法石重視のものと様々だ。これは一通り確認しないと手になじむ者に出会えないだろう。
「いらっしゃいませ。御新規様ですか?」
「はい。素晴らしですね……ここは会員制でしょうか?」
「いいえ、噴水周りの店舗はどなたでも入れますのでご安心ください。北門に行くに連れ会員制が増えますので、ご注意ください。本日はどのような杖をお探しでしょうか?」
声をかけてきてくれたのは店員だろう女性だった。カレンは美しい系の美人だが、彼女は可愛い系の美人だ。金色の髪を揺らし、年齢は大体三十手前というところか。佇まいが美しい。
「情報をありがとうございます。先日事故で杖を折ってしまいまして。先ほどここを紹介され、足を運ばせて頂きました」
「成程、お好みなどはございますか?」
「えーと……僕、無詠唱出来る程度には魔法力が強いので、耐久性があれば嬉しいですね」
「その御年で!いやはや、長年この店に関わってきましたが、これは良いお客様と出会えました」
「…………長年?」
「ああ、私こう見えても長寿族の血を引き継いでおりまして。今年百五十になります」
「ひ、っ!? 失礼しました!」
「いえいえ、こんな見た目ですからお気になさらずに」
ふふふと口元に手を当ててかわいらしく笑う女性は年齢詐欺と言われても仕方ないと思う。そんなことを考えながらマサは改めて視野に入る情報が全てではないと肝に銘じた。
「そうですね、魔法力の耐久性……物理的耐久性が低くなってしまいますが、この辺りはいかがでしょう」
そう言って女性が出してきたのは木製で魔法石のある杖だった。青色の魔法石を見れば、何の付与もされていないのが分かる。
「付与無し杖ですか」
「ええ。無詠唱が可能となれば、付与のついている魔法石は逆に邪魔でしょう?」
「……ごもっともです」
それで何度オリヴァーに頭を抱えさせたか……
そこまで考えて、ずきりと胸が痛んだ。先ほどの男性との会話もあったせいだろう。少し感傷的になっている気がする。
「…………坊ちゃん、お名前をお伺いしても?」
坊ちゃん。
その単語もまた、エワンダが良く使っていた単語だ。
どんどんと思い出されるそれらに、深呼吸する。
「……マサです」
「マサ様ですね。宜しければ、少しお話をしませんか?」
「……え?」
「少々お疲れのご様子が見受けられます。私の話し相手にでもなってお休みしてはいかがでしょうか?」
甘い誘惑、というのだろうか。それが罠であれなんであれ、今のマサの心に浸透したのは確かだった。
「…………」
「こう歳をとりますと、雰囲気と勘で大体把握できるのです…………キルレインドナ様」
「っ!」
思わず本来の杖を取り出し身構えた。そうして気付く。今のは誘導だ。しかし気付いたところでもう遅い。反射的に動いてしまった身体は、工程を意味するのに十分だったのだから。
やらかした。
心の中で舌打ちする。
「……矢張り、そうでしたか」
「…………僕をクレイムドに戻しますか」
「いいえ、そんな厄介事に首を突っ込む気はございませんよ。ただ……いえ、そうですね、私を信じろというのも無理な話でしたね。大変失礼いたしました。しかし誓って私は口外するつもりはございません」
言って女性は短杖を取り出すと軽く振る。
「『閉じよ』」
すると店のカーテンが全て閉まり、鍵がかかる音がした。その間も気を抜かず女性を見続ける。どういう意図があって店を閉めたのか分からなかったからだ。
「マサ様突然の無礼、お許しください。しかし老婆心から申し上げます。貴方様には休息が必要です」
「…………悪いけれど、今この場でそれの必要性を感じないし、逆の事しか頭にないのだけれど?」
「…………」
重苦しい沈黙が残る。マサは警戒したまま微動だにしないし、対する女性は隙だらけだ。女性の瞳には哀しみの光りがあり、しかしそれが心からなのかどうかまでは暴けない。
「……お心を傷つけることをお許しください。私はエワンダ・オルガーの親族に当たります」
「!」
女性が重い口を開けた瞬間、マサはキルレインドナに『戻った』。
数日前のように膝から崩れ落ち、杖を放し俯く。
エワンダの、親族。
先ほど感じた引っ掛かりはこれだった。確かにエワンダは五年ほど前だろうか、両親の従兄の血筋に長寿族の血を持った者がいると言っていた。そしてフォルトナに従兄一家がいる事も、『鏡の心』という店を持っているという事も。
思い出されれば後は早かった。キルレインドナは杖を後方へ持って良き、そして改めて屈みなおす。
「この度は私の不手際により誠に申し訳ございません。謝罪してもしきれないのが現状です。しかし私は彼らに生かして頂きました。首は差し出す事は出来ませんが、それ以外に必要とあらばお好きなようにして」
「マサ様」
遮る様にして、もう一度偽名を呼ばれた。今度は失礼にあたるだろうと押し黙る。
「我々一族、ましてやオルガー家は貴方様を誇り讃えれども、貶し蔑む事はございません」
「っ」
「騙すような真似をして申し訳ございませんでした。ですが一族はエワンダを誇りに思っております。そして、そのエワンダをそのように申し上げて下さる貴方様をお守りしたいという一心でございます」
「だけど、僕は!!」
今度はキルレインドナが叫んだ。
「僕は、あの国から、あの現状から逃げた!!手紙も寄こさず、ソフィア姉さまにすべて押し付け、彼らを弔う時間すら頭から抜け落ちていた!!」
「マサ様」
「耐えられなかった!!耐えるのが普通だと教えて下さった父上の教えに背いた!!こんな事なら感情などいらないと思った!!みんなが残してくれたこれを!!人形のままの方が良かったと心底思った!!こんな僕が、みんなの弔いなど烏滸がましい!!」
「マサ様」
「僕は罪人だ!!原因があるように思えるから、そう考えて言い訳して、逃げて……っ!!」
徐々に体を丸めるキルレインドナ。それに女性は静かに歩み寄り、そっと小さな身体を抱き寄せた。
「僕は、みんなに胸を張ってもらえるような人間じゃない……!!」
「…………マ、……レイン様」
「っ、う……めんなさい、ごめんなさい……!!ごめんなさい!!」
「良いのですよ、ご自身をそんなに責め立てないでくださいませ」
「僕が、僕がいたのに……!!誰も護れなかった……!!」
「人間には、向き不向きがございますよ。死ぬまで経験を積むのが生き物というものです」
「でも、僕は、ぼく……っく、う……」
我慢の限界だった。あれだけ泣いたというのに。あれだけ叫んだというのに。
いざとなればロットワンドの自分に戻ろうとしたのに。
思い出が。
そして繋がりのある者が。
どうしても、それを良しとしてくれなかった。
「エワンダ。あの子は立派に旅立ちました。貴方様の側を離れて未練もあるでしょう。ですが貴方様をお守りできて、誇りに思う事でしょう」
「違う、違う、ぼくは、ぼくが、」
「どうかご自身を無下にしないでくださいませ。それに貴方様は今こうして泣いて懺悔している。弔いは、してくださっているではありませんか」
言われ、とうとう崩壊した。
「う、あ、……うわぁああああー……!」
「…………」
叫びにならない泣き声をあげて、キルレインドナは静かに抱かれ続けた。
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