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「……しゅみ、ませ、……っく、でした」
噛んだりしゃくりを上げながら、今度こそ心の閊えを取れたマサは頭を下げる。泣き過ぎて頭が痛い。
「こちらこそ、急に申し訳ございません」
「いえ、っ、さき、に、謝罪、してくださった、ので……えっと」
「申し遅れました。私はローゼと申します。お気軽にローゼとお呼びください」
「ローゼ、さん……」
「ローゼとお呼びください」
「ろ、ろー、ぜ」
「はい」
何だろうか、この国の女性は気迫がある。名前を呼び捨てにするのがそれほど良い事なのだろうか?
しゃくりを徐々に整えつつ、いつの間にか差し出されていた紅茶を飲む。喉の渇きが薄れていくのを感じつつ、暖かいそれに一息吐いた。
「あの……最後に一つだけ、良いですか?」
「なんなりと」
「……僕は、エワンダの最期を見届けました。けれど葬儀に出る事は出来ません。…………オリヴァーもそうでした。そして、オルタンスとノアも。ルーカス陛下も、エリザベート妃も。……貴女の伝手で、少しでも何か出来る事は可能でしょうか?」
「……そうですね………お気持ちは確かに受け取りました。けれども、今動くのは得策ではございません。葬儀は二週間後、行われる予定です。ですが、今もクロスクルは混乱の最中にございます。外国からクロスクルへと渡る物資にも規制が掛かっております。通常の葬儀でしたらそうでもございませんでしたが、事が事でもありますし……」
「……そうですか……難しい事を言ってごめんなさい」
自業自得とはまさにこの事だろう。あの時は自分を犯人に仕立て上げて収束をと思ったが、よく考えればソフィア自身がそれを赦さないだろう。少し考えれば分かる事だった。しかし、それももう遅い。
そこまで考えて、後悔という意味を漸く理解したと感じる。若気の至りなどと言うが、そんな規模ではない。
「いいえ。ですが、手紙をしたためる事は出来ます。オルガー家には暗号文章がございますので、貴方様の意志を記させてお伝え出来ます」
「…………いえ、これ以上混乱の種を増やすわけにはいきません。黙秘でお願いします」
「畏まりました。では私個人で貴方様の無事をお伝えしますね」
「え?」
何を言われたのか良く分からない。黙秘を頼んだはずなのだが、どうしてそうなるのだろうか?
するとローゼはふと微笑むと、唇に人差し指を持っていく。
「私は今、あくまでも貴方様の『意志』を記すと申し上げただけですよ?」
「……あっ」
「ふふふ、エワンダの言っていた通り、少し抜けておりますね?」
「待って下さい、今それをやるのも危険すぎます」
「あら、マサ様お忘れですか?私も魔法使いですよ?」
隠蔽魔法なら尚得意です、と続けられ、マサはやられた、と心底思う。抜けているのは認めるが、まさかそうとられるとは思いもしなかった。
「……我が一族も、貴方様の無事を心より願っていたのです。誰一人欠ける事もなく。ケケル様ご一族もそうでしたでしょう?同じです」
「…………」
それを言われては弱い。確かにケケル家も一致団結が確固していた。寧ろ迫る情報屋を蹴とばしていたぐらいだ。オルガー家もそうだと言われてしまえば、もう何も言えない。
「…………絶対に、漏らさないでくださいね」
「承知の上ですよ。さあ、そろそろ立ち上がってくださいませ」
言われていまだにしゃがみ込んだままだったのを思い出す。こんな状態で長時間いたのだ。自分も、そして彼女も。
「すみません、ありがとうございます」
「とんでもないです。では、改めて……どの杖にいたしましょう?」
そうだった。当初の目的はそれだった。固まった足を屈み、伸ばしてほぐす。
「……もう隠しても意味ないですからね」
言ってマサはロットワンド家の杖を改めてローゼの前へと出した。
「この杖に劣るとしても、出来れば同等に近いものを」
「…………そうですね……マサ様ほどの使い手となるのですから、慎重に選ばないといけませんね。魔法付与は無しのままで宜しいですか?」
「できればそうしたいですね。……ローゼの仰った通り、僕には邪魔になりますから」
「左様ですか。承ります。……ですが難しいですね……まずこの杖が特注品であるので、『代用品』としての価値はこの場にある杖では無理でしょう。『代用品』ですら、特注品として動かねばなりません。でなければマサ様の魔法力に耐えられないでしょう」
「やっぱり、そうなりますか……」
「残念ながら」
言われ少々考え込む。ロットワンド家の杖が特別なものであるのは分かり切っていた。もしかしたらどこの国を探しても同等の物は出来ないかもしれないと覚悟していたが、はっきりと言われてしまった。
そうなると矢張り特注となるのだろうが、それには時間がかかるだろう。そして場合によってはその経路で自分の居場所も割れてしまう可能性が高い。ローゼもそのことに気付いている。だからこそ『残念ながら』と口にしたのだろう。
「……そういえば」
ふと、ローゼが思い出したように口に出す。そのまま店の片隅へと進むと、魔法具で封じられるように飾られていた一本の杖を持ってきた。全体的に先ほどの物とは違う。鉄で出来ているだろう垂直の杖で、先端は深い紫色の宝玉が付いている。その宝玉を囲うようにして円の何か……素材までは分からない……が、装飾されている。
「少し方向を変えて考えてみましょう」
「方向、ですか」
「はい。他の杖は魔法力が微力ながら込められています。ですがこちらの杖は、魔法を放つ時のみ魔法力を吸い込みます。寧ろ、周りの魔法力を吸い込み、それを溜め込み、発動時に強大な力を発揮させる杖です。ですのでそれを止めるために今まで封じていたのですが……マサ様の負担にならないようであれば、この杖に魔法力を常に吸い取らせてみてはいかがでしょうか?」
「……成程、方向転換」
「はい。杖は時に成長もします。術者の手によるものが殆どですが、この杖ならばマサ様の魔法力を徐々に多く溜めていけるようになるのではと」
そんな杖があるとも思わなかったし、その発想も勿論無かった。
マサはその杖を受け取ると、じっと見つめる。
「……少し試しても?」
「どうぞ。それで耐えられなければ、他の方法を探しましょう」
許可を貰い、マサは深呼吸を一つする。そうして自分の魔法力を杖に流すイメージを作り、それに集中する。すると杖は徐々に力を吸収し始めた。ある一定の処で魔法力を注ぐのを辞めるが、しかし微弱ながら魔法力が吸われ続けているのを感じた。
「……いいかもしれません」
「ですね。ですがいつ魔法力を爆発させてしまうか分かりませんし、どれほどの力に堪えられるかも不明です。何せ試した人物がいませんので……」
「でしょうね……人によっては枯渇してしまう」
「左様でございます」
一度溜め込んだ魔法力を自分に戻すイメージを流してみる。すると魔法力はマサのイメージ通りに戻ってきた。そうしてもう一度何もしないままでいる。しかし自身から魔法力を取られているのが感じられた。
「……今の僕には理想的かもしれません。購入します」
「畏まりました。他の予備はいかがいたしますか?」
「うーん……似たようなものはありますか?」
「魔法力を吸い取るのはこの杖のみですね。そうですね……当店で一番魔法力に頑丈な杖などはいかがでしょうか?ただし、対価として物理的には頑丈と言い難いです」
「……そうですね……僕、冒険者ギルドに登録しようとしているんですけれど、不利になりますかね?」
「冒険者ギルド……そうですね……時には物理的な依頼もございましょう。そういう意味では不利になりますね。ただ、そういう依頼を受けなければ良い、で完結しますね。そもそもマサ様でしたら直ぐにBまで行ける事でしょうから」
それを耳にして、ぎょっとした。カレンの言っていた事とは全く異なったからだ。
「この街に来る前に、真面目にやっていけばDまではすぐ上がる、までしか聞いていないんですけれど……」
「そのお相手は魔法使いの力量を図るのが難しい方なのかもしれませんね。勿論直ぐにBに行けるわけではありません。ですが登録試験で少し力を入れるだけでマサ様はDになれるでしょう。そのままいくつか依頼を受ければ、Bに届くでしょう」
「うわぁ……大丈夫かな……」
「それこそ変装や隠蔽魔法の使いどころですよ」
「成程」
その手があった。登録時は無理かもしれないが、毎度姿を変えていけばいい。
「念のためにあと二本は用意しておいた方が良いかと存じます」
「じゃあローゼのおすすめは?」
「……私のですか……そうですね……」
その後、ローゼの勧めの杖を言う通り二本購入し、一度店を出ることにした。
一本目は魔法力にも物理的にも耐久性がある杖。二本目は物理的に強い杖だ。魔法力に強い杖があるのだから、逆があっても良いだろうという見通しだ。
何かあった時用ともいえる。
「マサ様、御後お願いがございます」
「はい、何でしょうか」
会計時に静かに口にしたローゼに、マサは首をかしげる。
「……宜しければ、この国に居る間。私の元へ、時折赴いていただけないでしょうか?」
「!」
小さく、ぽつりと呟かれるように出た言葉。それにマサは目を見開いた。
思い出されるのは、眼鏡をかけ、幼い頃から自分を見守っていた初老の男性。
「…………はい。変装して、こっそり来ますね」
そう言って小さく微笑めば、ローゼからも静かで綺麗な笑顔が返された。
「宿は金銭関係なく成るべく防犯の強い宿にお泊り下さい。北の方が安全でしょう。会員制の宿にするのでしたら、こちらを出してください」
出されたのは、小さな会員証だった。そこには『鏡の心』とローゼ・ウェルと名前が入っている。
「これは?」
「私からの紹介状とでも言いましょうか。それを出せば、多少の融通は聞くはずです。これでもここの店を繫栄させている身ですし、この店は本来ならば北の地区に在すべき店ですから」
つまりこの店は高級店という事、尚且つ顔が利くという事だ。今のマサには確かに必要なものだった。
「……ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」
そっと受け取り、マサは店を後にした。
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