帰る家とは

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「……なーオリヴァー」 「何だ脳筋」 事が全て決められて、あれよこれよと言う間に職務に就いた10歳の子供の姿を見守った二人は食事も共にしていた。急に与えられた勅命に驚きはしたが、何故自分たちが国王と等しい一族の生き残りの子供の面倒を見るハメになったのか、疑問だった。 因みに今は夕食時だ。キルレインドナの食事と就寝を見守ってから、二人も信頼のおける部下に頼み食事へとこじつけたのだ。 「キルレインドナ様ってよ、なんつーか……こー……」 「子供っぽくない、だろ?」 「それもあるんだが……」 食堂の雑音に紛れているため、二人の発言は遠くに響かない。寧ろ気にする人間がそこにはいない。だが何があるか分からないのも食堂だ。二人は周りを意識しつつ、小さく言葉を交わしていた。 「……そうだ、生きているって感じ、しなくねぇか?」 「…………は?」 「ああ違う、生存しているっていう意味じゃなくてだな」 それだけ言うとオリヴァーは ああ と一言呟いた。 「ロットワンド家がどういうものか、お前知らないのか」 「何かあるってのか?」 「ロットワンド家は魔法師の中でも最強なのは知っているだろう?」 「そりゃ陛下と同等の発言力を持っているっていう事ぐらいはな」 「だからだ」 オリヴァーはくい、と水を飲むと、一息ついてから再び語る。 「陛下と同等の発言力があるということは権力もあるという事だ」 「そうだな」 「しかしあくまで国のトップは国王陛下だ」 「…………」 「つまりは陛下には逆らえないようにしなければならない」 「…………というと?」 「まあ、簡単に言えば傀儡だな」 「は?」 オリヴァーの言葉にエワンダは思わず言葉を発する。 「傀儡って……あんな子供をか?」 「それに関しては同感だな。だからキルレインドナ様は遊びとかそういうのどころか、そういう(・・・・)感情すら持っていないんじゃないか?そういう環境で育ってきている筈だ」 それを耳にして、エワンダはぐっと握っているフォークをさらに強く握りしめた。 「…………んだそれ……代々の『キルレインドナ』は全員そうなのか?」 「そのはずだ。……まあ、中には人間らしい人物もいたらしいがな」 「……それが、キルレインドナ様の従兄の?」 「ああ、ユーリ様だ。ユーリ様のお名前だって、キルレインドナ様がお生まれになって初めて与えられたからな」 「……狂ってんな」 「せめて歪、と」 「同じことだろ」 周りが賑やかとはいえ、いつ何時誰が聞いているかは分からない。二人は声のトーンを落として言葉を交わし続ける。 「まあ…………本当に、歪だな」 「だなぁ……ユーリ様がキルレインドナ様に嫉妬して魔族を召喚して一家全滅、キルレインドナ様だけが魔族に気に入られて生き延びる。……10の子供だぞ……」 「…………同情はいらないだろう。あの方に今必要なのは、安息できる場所だろうからな」 それが仕事や鍛錬に繋がるかどうかは分からない。けれど彼は淡々と作業を続ける。それが見ていて恐ろしくもあり……寂しくもあった。 「……どうにかできねぇかねぇ」 「……休日の日を利用してみればどうだ?」 「それだ」 オリヴァーのトントンと出てくる提案に、エワンダはにっかりと人が良い笑顔を見せる。 「どうせなら三人で行こうぜ。いいだろ?」 「……本当に貴様は……まあ、行くが」 「よし決定。次の休みはキルレインドナ様を連れて街に降りようぜ」 「外出届が必要だな」 「………オリヴァー、つかぬ事聞くがキルレインドナ様は出られるのか?」 「…………国内視察とでもいえば大丈夫だろ?」 「それ採用」 こうして、二人の護衛は水の入ったグラスを酒の代わりと言わんばかりにカチリと重ねた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「…………街に、出る?」 早速次の休息日に出かけてみないかと提案してみた。それを聞いてキルレインドナは困惑した。ここ二か月ほどで無表情がデフォルドのキルレインドナの表情は何とか読み取れるようになっていた。 「そうです」 「街を知ることによって、何か仕事に関して収穫があるやもしれません」 エワンダとオリヴァーは反応あり、と判断し、どうだろうかと畳みかけてくる。その反応にさらに困惑する様子のキルレインドナ。この様子からすると、躊躇う何かがあるようだ。 「……そ、うですね…………ですが、私は街というものを見たことがありません。外には出るなとロットワンド家の決まりが」 「坊ちゃん、失礼だがそのロットワンド家は貴方が最後の人間だ。貴方を咎める人間はもうすでにこの世にはいない」 少し厳しめだったかとも思うが、エワンダははっきりと伝えた。それを聞いて今度こそキルレインドナは目を見開いた。 「…………坊ちゃん?」 そっちの方だったか。 思わずこっそり頭を抱えるオリヴァー。しかしそれを気にせず、至極真面目にエワンダは頷いた。 「俺は今後公式の場以外ではキルレインドナ様ではなく、坊ちゃんと呼ばせていただきますぜ」 「エワンダ、お前…………」 しかしキルレインドナはそのままマジマジとエワンダを見つめ続ける。どうやら興味を示したようだった。その様子にオリヴァーはおや、と反応する。 「……初めて呼ばれました……今まで呼び捨てか、相続者、様付けでしか呼ばれたことがなかったので……」 相変わらず表情は変わらないが、明らかに戸惑っているのは見て取れた。それにエワンダは満面な笑みを、オリヴァーは微笑をうかべた。 成程、知らないだけで年相応の少年だったのだ。キルレインドナという少年は、全ての感情を押さえつけられて育ってきた。大きな事だが、それだけだったのだ。 エワンダとオリヴァーの意見は一致している。出来れば年相応に自分の事を考えて、感情に身を任せる。そういう一面を開花させることだ。それは自発的に自然と様々な可能性を生み出す。つまりは今よりさらに思考が増える(・・・・・・・・・・・・)という事だ。 「あっはっは!気に入ってもらえたなら幸いだ!坊ちゃん、次の休みは城下町な!」 「え、あ……でも『僕』、お金とか……」 「それは私が僭越ながら管理させて頂いております。ご用意いたしましょう」 「え、そうだったんですか?ありがとうございます」 こうして、初めて表情を瞳に灯したキルレインドナの『お出かけ』は決まった。因みにこの日の二人は次の日の事も考えず祝杯をあげ朝方に料理長に止められるまでのみ更けた。 三か月後、休日を全員で取った。許可証も発行するために時間がかかったのだ。キルレインドナたちは途中まで馬車で、その後歩きで街中へと進む。服装は城の中に居たような豪華なものではなく、貴族程度の服装だ。エワンダとオリヴァーもいつもよりラフな背格好をしている。 「…………」 馬車を下りた瞬間、その人の多さにキルレインドナは目を瞬かせ、初めての城下町にあたりを見回す。 「どうですか、レイン様」 オリヴァーがキルレインドナに微笑みかけながら問いかける。レイン、という名はキルレインドナの愛称、偽名だ。キルレインドナという名も、ロットワンドという名も、このアラン大陸では響き渡るほどの力を持っている。そのために馬車の中で発案したものだった。 「……すごい、です」 敬敏なキルレインドナでも、キラキラと太陽と街並みに反射させて瞳を輝かせている。無意識だろう、足をふらりと動かした。 が、途中で思いとどまったのだろう、動きを止めて直ぐにエワンダとオリヴァーの間、一歩後ろへと下がる。 「お?」 「どうしましたか?」 「…………はぐれたら……危ないのですよね?」 しどろもどろになりながらキルレインドナは幼い頃に叩き込まれた知識を活かしてきた。確かにそれは正しい判断だ。だがそうやって欲を抑えられてきたのかとエワンダは腹の虫の居所を悪くし、オリヴァーもまた微苦笑を浮かべる。普通の子供なら、はしゃいで注意も聞かず街中を散策したがるだろうに。 「ええ、その通りです」 「坊ちゃんは本当に賢いな」 言いながらエワンダはキルレインドナの頭をぐりぐりとなでた。それをされたのは初めてではない。城の中でこっそりやってもらった事がある。それがキルレインドナは好きだった。初めてやられたときは何だと驚き目を見開き、何度も頭を自身の手で撫でなおしたぐらいだ。 それをされて嬉しくないはずはなく、キルレインドナは頬を少し染めてエワンダとオリヴァーを見上げる。その瞳には優しさと嬉しさ、暖かさが含まれている。 ここ最近はキルレインドナは表情を動かさないにしても、瞳で語ってきてくれるようになった。それを理解できるのはいまだにエワンダ達だけだが、しかし確実なもの。そのことに二人も喜び、理解した日には二人で祝杯を挙げたほどだ。 その様子を見て微笑み返し、さあと二人はキルレインドナの背中をそっと押した。 「好きなところを見ていいんですからね」 「興味あるところもな!」 「はい!」 その日生まれて初めて、キルレインドナは大きな声を発した。 「あれは何ですか?」 「あれは屋台というものですね。代金を貰う代わりに飲食を提供しているのです」 「あれは?」 「あれは防具屋です。この国は軍事国家という事もあり、武器屋と防具屋は豊富にございますよ」 「坊ちゃん、あれなんかどうだ?魔術具店だ」 「まじゅつぐてん?」 「魔術に使う際に使うロッドや宝石がございますよね。あれを加工して事前に魔術を封印したりして急な攻撃に備えるものですよ」 「興味があります」 「じゃあ入るのは決まりだな!今すぐ行きますか?」 「はい!」 会話が弾み、呼吸も上がる。その様子は子供そのもので、エワンダとオリヴァーは笑みを止める事が出来なかった。矢張り自身が魔法使いという事もあるのだろう、魔法系のものには目が無いようだった。それを脳内でメモをとり、オリヴァーは今後は共に実践演習などもしてみたいと考える。 「失礼します」 「失礼します」 「こんにちはー」 各々挨拶しながら魔術具店へと赴く。奥のカウンターから店主らしき初老の男性がやってきた。 「あ」 「え?」 「ん?」 その時発せられたのは、以外にもキルレインドナからだった。 その声にエワンダと初老の老人も反応し、キルレインドナへと視線を流す。 瞬間、キルレインドナは慌ててオリヴァーの後ろへと回り、ちらりと老人をのぞき見した。 「……まさか……キルレインドナ様…………?」 「…………流石ですね、オルタンス」 老人の声に諦めたのか、隠れるのを辞めたキルレインドナはそっと姿を横へとずらす。そして一つ瞬きをすると、子供のような表情をやめて『キルレインドナ』の表情へと変えた。その瞳も同じく、以前のようなものへと変わっていた。 「久方ぶりです。どれ位ぶりでしょうか」 「おお……おおおおおお……!」 キルレインドナの声に反応した老人は倒れる勢いでキルレインドナたちへと近づき、片膝をついて頭を垂れた。 「ご無事だとは聞き存じておりましたが……よくぞ、よくぞご無事で……!」 「大袈裟です。確かに我が一族は私一人となりましたが、逆を言えば私がいるのです。必ずロットワンド家を建て直して見せます」 涙ながらに話す老人と、キルレインドナの様子に漸く二人も気が付いた。顔見知りだったのだ。しまった、とエワンダは小さく舌打ちし、オリヴァーも眉間に一瞬しわを寄せる。まさか『キルレインドナ』でない少年を活かせたいと思った城下町で、『キルレインドナ』に戻る事が起ころうとは。 「偉大なるお言葉にオルタンス、感銘を受けます。ですが、キルレインドナ様、もうご無理をなさらなくてよろしいのです」 「どういう意味でしょうか?詳細の説明を」 自身の失態と突如としての会話に眉間にしわを寄せたまま、エワンダとオリヴァーはその様子を見守る。これで何か『キルレインドナ』に戻るようなことを言えば、この者は所謂ブラックリストの記帳へと加わるだろう。 因みにロットワンド家を良く思っていない貴族たちの情報は既に得ているため、これで加わるのは初めてではない。 そうして見守る中、老人はすぅ、と息を吸い込んだ。 「恐れ多くもわたくしはロットワンド家の家訓について疑念を抱いておりました。失言を承知で申し上げますが、それがこの結末です。そしてキルレインドナ様の事を本当の孫かと思うように接してきてまいりました。もう貴方様を縛るものは何もないのです。どうぞ、この老いぼれに少しでも心を開いてくださっているのであれば、何卒この首だけで、失言と共に、ご自身のなされたいようにお過ごし願います事を申し上げます」 「「…………零点」」 キルレインドナと、オルタンスと呼ばれた老人のやり取りを見てエワンダとオリヴァーは口をそろえた。何だよコノヤロウという気持ちでいっぱいだった。何だと二人が見つめてみれば、見下したような、見下げるような瞳をして二人はそこに佇んでいた。 「「え?」」 今度はキルレインドナたちが声を上げる。その途端、怒涛のように言葉が飛び交ってきた。 「まったく何をお考えなのか。先ほどのキルレインドナ様のご様子をお伺いになられなかったのか」 「そもそも坊ちゃんはそんなことで納得なんかしねぇよ。お前さんの首を貰っても迷惑だ、迷惑」 「先ほどの会話からキルレインドナ様が心優しき方だと貴方も存じ上げていると判断しますがそんな方が逆に貴方の首を欲しがると思うのですか」 「大体お前さん自身もキルレインドナ様の事を案じている側じゃねぇか。んだよ心配して損した」 「まったくです。一瞬殺気を出しかけてとどめた私たちを褒めてほしいですね」 「……ええと……エワンダ、オリヴァー、よくできました……?」 「「有難うございますキルレインドナ様」」 これはどうすればよいのか分からず、取り敢えず褒めてほしいと言われたので褒めてみたら二人して満面の笑みでキルレインドナを見つめた。そんな反応にどうすればいいか分からず、キルレインドナは戸惑いの瞳を映す。 その様子を見て、今度はオルタンスが大きく目を開いた。 「……きる、れいんどな、さま……」 「…………オルタンス。私は……僕はもう現実を受け入れているつもりです。再建をと言いましたが、陛下には滅びを告げ、そして迷いが生じています。僕は城で……この二人に出会って、漸く世界というものが見えてきた気がするんです。それは僕にとって良い事なのか悪い事なのかはわかりません。ですが、少なくともロットワンド家は『狭すぎた』。そう考えて居ます。そもそもおかしいですよね、国王陛下でもないのにその同等の権力を持つ貴族だなんて」 キルレインドナのその言葉に、そして優しく変わる瞳に、オルタンスはボロボロと涙を流し始めた。彼の記憶の中では、人形のような幼い少年しかいなかったのだ。それが、瞳に光りがともり、そして自身の事を『僕』と呼ぶようになった。 「キルレインドナ様……本当に、本当に申し訳ございませんでした……!」 「何を言うんですか。貴方はタイミングが悪かっただけです。決して、貴方のせいではないですよ」 そこまで聞いて、二人の関係が気になってきた。エワンダとオリヴァーは視線を交わすと、そっとキルレインドナを見つめる。 「……恐れ入ります、キルレインドナ様。彼は一体……」 「ああ、そうか。お二人は初見ですから、存知ないのは当然ですね。紹介します」 そういうとキルレインドナはオルタンスの前へと進み、振り返り見上げる。その姿はキルレインドナのものでもあり、ロットワンド家当主のものでもあった。 「彼はオルタンス・ガパルナ。名前は女性ですが、見た目通りれっきとした男性です。そして、僕の家に仕えていた執事です。例の事件の三か月前、実家の家の不幸を理由にロットワンド家を立ち去りました。基本的にロットワンド家は外の者を受け入れたり出したりはしないのですが、特例があります。それが彼のように優秀な魔術、法術に長けた者です。……この店が彼の実家だったとは、僕も本当に世間知らずでしたね」 その話を聞いて、エワンダ達は驚きオルタンスを見つめる。オルタンスは崩れ落ちるようにしてキルレインドナの後ろに、同じ体制だがより首を深く下げて涙をこぼしている。 「そんなことはございません!本当に……本当に、ご無事で良かった……!」 「オルタンスさん……心配をかけました。でも、想像以上に僕の事を思ってくれていたんですね。それだけで僕は幸せです。ほら、一人称も『僕』になっているでしょう?それを教えてくれたのは、貴方じゃないですか」 それを聞いてエワンダとオリヴァーはさらに驚いた。確かに最初は『私』だったが、時期に『僕』という風に二人の前ではいうようになっていた。だがまさかそれすら『縛られていた』ものであり、それを教えたのが目前の初老人だとは思わなかった。 「泣かないでください。……エワンダ、オリヴァー、ごめんなさい。少しこの店に長く滞在してもいいでしょうか?」 「「もちろんでございます」」 「ありがとうございます」 「……あの、キルレインドナ様……失礼いたしますが、何故ここに」 三人の会話を聞いて漸く気が付いたのか、オルタンスは目を瞬かせて涙を切り、ハンカチで目元をぬぐってからキルレインドナを見つめなおした。 「実は僕、初めて城下町に出たんですよ」 「……え?」 「有給消化、という処ですね」 「……え?」 「んで、坊ちゃんが来たことないって言うからじゃあ三人で城下町をみようぜってなってここにいる」 「は?」 「遅くなりました。私はオリヴァー・ケケル。魔法近衛兵第四席の者です」 「は!?ケケル様!?」 「俺はエワンダ・オルガー。俺の方は近衛兵第三席な」 「オルガー様!?」 有名人三人が目前にいる現状に、オルタンスは思わず叫ぶのだった。
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