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言われた通り、安全面を確保するために『ワンドルツ』の宿に泊まった。ローゼの会員証が役立った。懐が痛んだが直ぐに通され、旅の疲れを癒すには十分だった。
翌日にはローゼの横にある冒険者ギルドへと足を運ぶ。入ると早朝と言える時間だというのに、人があふれていた。思わず言葉を無くす。よく見ると掲示板らしきものがあり、そこに集中しているようだった。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
それを横目に、受付カウンターらしき場所へと近づき声をかけた。
それに応えてくれたのは雰囲気が昨日の執事のような男性。ただし服装はそこまで洒落込んだ服装ではなく、ラフなものだった。ちらりと見回せばカウンター内の人間は同じような服を着ている。恐らく制服なのだろう。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが、受付はこちらで間違いないですか?」
「そうなると受付は右手側、出入口の方。掲示板横だよ」
「……え、あの人だかり……いえ、なんでもありません」
「早朝だからね。皆さん仕事の確認を取りに来ているんだよ」
人ごみを横切るのか、とうんざりして声に出しかけたが、男性には全て理解したのだろう、小さく笑いながら説明してくれた。
「不躾で申し訳ないけれど、今まで何かのギルドに登録したことは?」
「一つもないですね。ちょっと事情が生じたので冒険者ギルドになろうと決めて半月ほどです」
「成程、それじゃああの人だかりに困惑するわけだ。基本新しい依頼は早い者勝ちだからね。だからみんな朝早く新しい依頼が来ていないか確認するんだ。因みに、若くしてギルドに登録する人間は多いし、余計な詮索はしない。それは登録受付嬢も同じだから、ご安心をば」
「ありがとうございます、埋もれてきます」
「あはは、何かあったら気楽にどうぞ~」
気さくに手を振ってくれる。それに微苦笑を浮かべて返しながら、改めてマサは入口付近、人で見えなかったカウンターへと近づいた。
「おはようございます」
「おはようございます。登録かしら?」
「はい、お願いします」
「ちょっと待っててね」
そう言ってカウンター内を漁るコーラルピンク色の綺麗な髪を揺らす女性。年齢的には先ほどの男性と同じぐらいだろうか。大体二十前後に見えた。
「はい、お待たせ。どこかのギルドに登録したことは?」
「ないです。冒険者ギルドが初めてですね」
「そうなると全て最初からになるけれど、紹介状とかもないかしら?」
「え~と……あるのは『鏡の心』の会員証ぐらいですかね?」
ローゼの名前を出すのは少しためらわれたが、この国に来てから証明できるものなんてそれぐらいしかない。それを伝えたら、女性は驚いてマサを見てくる。
「まあ、ローゼさんの処の?」
「そうです」
「それじゃあ君、相当な魔法使いね?」
「それだけでわかるんですか?」
トントン拍子に進む話に今度はこっちが驚いた。女性は勿論と頷いて改めて別の用紙も取り出してきた。
「知っていた?あのお店、ある一定以上の魔法力がないとお店のドアを開けられないのよ」
「えっ!?聞いてない!」
「その反応からするとそうみたいだね。だから、会員じゃないと入れないっていうわけではないけれど、ある意味会員制なのよ、あそこは」
ローゼさんは優しいけれども、技量に対しては目を光らせるのよね~と笑顔で説明してくる女性。まさかの状態でどう反応していいか分からないマサ。
ある意味会員制であり、そして紹介状の代わりとして名刺を持つ。それってつまりかなり大事なのでは?
「ローゼさんのお店に出入りできる魔法使いなら、この用紙に得意魔法、出来れば属性魔法が良いのだけれど……それを書いてもらって、冒険者試験を行うわ。まあ、『鏡の心』に入れる魔法使いさんなら試験は合格できるだろうけれど」
試験何てあってないようなものだ、と笑う女性を視野の片隅に、用紙を確認する。そこには名前の記載欄の下に『得意、属性魔法記入欄』というずらりと属性魔法欄が載っている。そこに書かれているのは大まかな魔法ばかりで、逆を言えばマサには取り扱える魔法しか載っていなかった。
「……あの、得意魔法って特にないんですけれどどうすれば……?」
「あら?属性も持ってない?」
「………………魔法力には自信が少しあって……基本、全般仕えます」
言っていいものか迷ったが、ギルド登録は身分証にもなる筈だ。深くは言わないが、きちんと言うべきところは言うべきだろう。
しかしマサの言葉を聞いて、女性はぽかんと口を小さく開ける。
「……えっ、君、今いくつ?」
「……先日十五になりました……」
「魔法って言っても、ほら、魔術が得意とか、法術が得意とか」
「それなら魔術の方が得意ですけれど……法術も使えますね……あと……疑って下さっても良いんですけれど、ローゼにはBなんて直ぐだ、と言われました……」
「……ローゼ会長が……君、悪いけれどそこに座って待っててもらえるかな?ちょっと確認しなきゃいけないことが出てきたから……あ、その間に名前欄だけでも埋めてね」
ローゼの名前を出した瞬間、受付嬢は立ち上がりカウンター内にある階段を駆け上がる。マサは言われた通り冒険者登録書に名前だけを書き、受付横にある椅子に座って帰りを待つ。
(…………ローゼ『会長』って言ってたよね……?)
そうして向き合わなければいけないだろう現実を考え出す。会長、という事は何らかの組織を持っていて、それのトップのはずだ。考えられるとすれば魔法関連。この国は法術と細工が得意な国。そういう意味では法術的な意味でローゼは有名人なのかもしれない。なんせ会長と呼ばれているのだから。
(……あれ、またやらかしてる?)
どっと冷や汗が流れる。脳内には既に逃亡計画がいくつか上がっており、そのためには北の門へ、いやしかし目立つな等と考える。
「君、お待たせ!」
「はいっ!」
声をかけられ立ち上がれば、女性の後ろにはガタイの良い男性が一人。小さな子供が見たら泣き出しそうなぐらいには強面の顔をしている。身長は高く、筋肉質からして恐らく大剣あたりを振り回しているだろうと思われる。そして、彼が現れた瞬間にギルド内がざわついた。
「こいつか」
「はい」
「……ええと、はじめまして。マサと言います」
目立ってる。凄く目立っている。
それを自覚しながら、訳が分からないまま取り敢えず挨拶をした。
「俺はここの冒険者ギルド長をやっているカーンだ」
「ぎるどちょ……えっ!?」
思わず女性を見たら、女性は困った顔で片手を頬に添えていた。
「ごめんなさいね、私じゃ判断しかねるって思ったの」
ギルド長が出てきたのではそりゃあたりが騒がしくなるはずだ。何人かの人物はカーンに挨拶したり手を振ったりとしている。カーンはちらりとそれを見ると無言のまま手を振り、改めてマサへと向き直った。
「ローゼが薦めてきた奴か……随分若いな?」
「えと、十五です……」
「お前、魔法力はどれくらいあるんだ?」
「……図った事はないですけれど、無詠唱でデカいやつをいくつか連発出来るぐらいには……」
「ああ、成程な。そりゃローゼが薦めるわけだ」
そういうとカーンはマサの頭をわしわしと撫でる。何故だ。
「そうだなぁ、壊されても困るしな……おい誰か、出来れば法術使い!俺から依頼だ、試験会場の強化と護りを固めてくれねぇか?報酬は銀貨五枚ってところだな!何人でもいいぜ、責任もって全員に報酬は渡す!」
カーンは人ごみに向かって声を出す。すると何人かが手を上げた。数えると八人。随分と多い。
「よし、ネル、直ぐに依頼書を八名分、内容は試験会場保護で報酬銀貨五枚を作成してくれ!試験終わる前には作り終えておけよ!」
「ギルド長、鬼ですか!?やりますけれど!!」
ネルと呼ばれたのは、先ほどマサに案内をしてくれた男性だった。彼も動揺している様子がうかがえるが、直ぐに周りに指示を出して動き始めた。どうやら結構な腕の持ち主らしい。
「手を挙げた者はこちらへ!マサくん、一応実技試験を行わせてもらうから、準備をしてくれるかな?」
「あ、はい……」
女性がごめんね~と手を合わせながら言う。それを耳にして、空間魔法から昨日買ったばかりの杖を取り出した。例の魔力を吸い取る杖だ。それを目前にして更にざわつきが生じた。
「?」
「……あー、マサくん、もしかして結構田舎かとかから出てきた?」
「…………世間知らずだとか、ぬけているとかは言われますね」
「……うん、そうよね、うん」
言って女性は額に手を当てた。更に何かやらかしたのは理解できた。後で詳細を聞こう。
「じゃあ、取り敢えずこっちへ。この奥が試験会場なの」
「お邪魔します」
ぺこりと頭を一度下げてから、手の平で進められた、マサが座っていた側とは反対にある扉の奥へと進む。
「…………礼儀正しいんだけれどなぁ」
「それ以上いうな」
女性と、カーンの言葉を微かに耳にして何度かやらかしてしまっているのだと理解した。納得はしたくない。
奥へ進むとクロスクルの謁見の間まではいかないが、それぐらいの大きさの場所へと出た。壁には何本かの杭が突き刺さっており、四方は岩で固定されている。
後ろから立候補した八名がやってきて、慌てて道を譲った。
「お前、さっき無詠唱で空間魔法発動させてなかったか?」
やってきた一人に声をかけられ、何故問われたか分からないまま頷いた。
「え?ええ、そうですけれど……」
「しかもその杖、変な感じがする」
今度は別の人物からだ。
「この杖、『鏡の心』でちょっと魔法具で封されていた杖でして……」
「……ちょっとまて、『鏡の心』って……」
「もしかしてギルドの三つ隣の?」
「はい。ここの街に来たらそこを案内されました」
「……やべぇ、俺この依頼遂行できるかな」
「私も不安になってきた」
何故。
次から次へと出てくる声に、マサは困惑するしかない。
「あの、僕昨日ここに来たばかり……あ~、いえ、この国に来て半月も経っていないんですけれど、かなり有名なお店なんですか?」
「ああ、成程。だから知らないのか」
「お前、良い餌にされそうだから気をつけろよ?」
「『鏡の心』の特徴は聞いた?」
次から次へと納得と同情と警戒の眼差しが降ってくる。
忠告も有難く受け取りながら、短杖を持った女性の問いに先ほど聞いたことを伝える。
「さっき受付のお姉さんに魔法力がないと入れないお店だったっていうのは聞きました」
「あそこの店長のローゼさん、この街の魔法協会の会長なんだよ」
「魔法協会?」
「魔法使いとして登録する場所さ。冒険者ギルドに行くより先に行った方が良い場所なんだけれど、この国に来た時に何か言われなかったか?というか、ローゼ会長に何か指摘されただろ?」
「ええと……取り敢えず、名刺を頂きました」
「「「あ~~」」」
伝えたら今度は全員が納得した。先ほどの同情と警戒の眼差しは既に消え、全員が全員、脱力している。
「それ、審査せずにOK貰った形だな。しかも会長直々に」
「え、不味いですか?」
「というか異例だね」
「待って待って、私たちそんな子の魔法を防がなきゃいけないの?」
「え、俺無理」
「あたしも」
「私もですね」
「えっ!?」
次々上がる声に、マサはどうすればいいかと更に困惑する。確か依頼を受けて失敗などすれば違約金を払わねばならないとかそんなことをカレンが言っていた気がしたからだ。
「違約金はいらねぇ。それに坊主の魔法を防ぐじゃなくて、この建物……この場所の防御強化を行ってくれれば構わねぇ」
「カーンさん」
会話に入ってきたのはカーンだった。もしかしたら今までの会話を聞いていたかもしれない。
「坊主、お前は取り敢えずそうだな……一通りの魔術をある程度抑えた状態であの杭に一本ずつ与えてくれ。五大魔法と光、闇属性だな」
「わかりました」
「依頼を受けた面子は今伝えたとおりだ。勿論、失敗しても違約金はいらねぇ。聞いての通りとんでもない奴が来たみたいだからな」
「ありがとうギルド長!」
「愛してる!!」
「野郎に言われても嬉しかないな。それじゃあ」
「あ、あの!」
準備態勢に入っていく中、ふと気になった事がありマサは声を上げる。
カーンはここまで来てどうした、という表情になりながら何でぇ?と問いかけてくる。取り組んでくれるのはありがたい。
「あの、ある程度ってどれくらい抑えればいいですか?例えば火魔法で全力が十、焚火とかろうそくに火を灯すのを一と想定して、三とかそこらへんですかね?」
「「「「「は?」」」」
マサは気付いていない。先ほどの会話でその魔法力の膨大さが異様なほどあるということ。更に膨大な魔法力を持つ人間は蝋燭やら焚火やらに火をつけるほど小さな火を扱うのは逆に難しい事。しかし、このような発言をするという事は、完全に魔法力を使いこなしているという事。
それはごく一部、それこそ片手指にしか存在しない事。
更に年齢的に当てはまる有名人物がこの大陸に居るという事。
「マサ」
「はい?」
「お前の今の会話、悪い事言わねぇから俺を含め魔法でこいつらの記憶から抹消させな」
「?」
「お前隣国のお尋ね者魔法使い知ってるだろ?それを特定していたぞ」
「!?」
カーンに言われた瞬間、この場に居る人物にマサはすぐに魔法をかけた。些細な言葉ですら特定に至ってしまうとは思わなかったが、ローゼの事がある。この訓練場に入った後の記憶を、全て消し去った。
「……あれ?」
「えーと、ギルド長、俺たちはこの訓練場の強化すればいいんでしたっけ?」
「あ?……ああ、そうだな、取り敢えず坊主、一通りの魔術をある程度抑えた状態であの杭に一本ずつ与えてくれ。五大魔法と光、闇属性だな。で、他の連中はこの訓練場に強化魔法をかけてくれ。違約金はいらねぇよ」
「ありがとうギルド長!」
「愛してる!!」
「野郎に言われても嬉しかないな。それじゃあ始めてくれ。坊主、お前も準備はいいか?」
「はい」
先ほど聞いた会話をもう一度聞き、心の中で謝罪と感謝を述べながらマサは改めて護身用レベルの魔法を披露した。
(………正体やら姿を隠すのって)
こんなに難しい事だったんだ。
改めて、マサは痛感した。
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