自分と他人という事は

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カーンが出した依頼を受け取った冒険者たちをビビらせながらもなんとか無事試験を終える事が出来た。試験会場=訓練場という事でもあるという事を聞いて、壊してしまった分は直せるだけ直した。だからみんなこの場所を訓練場だの試験場なのだと混合した名称で刺していたんだなと納得した。 「はい、じゃあさっき言っていた全属性魔法使いという事、先ほどの試験の内容をまとめた書類よ。さっきギルド長に名前を呼ばれていたネルさんにこれを持って声をかけてね」 「ありがとうございます」 受付嬢に頭を下げると、朝一で話した男性、ネルの元へと向かった。 「改めて、宜しくお願いします」 「うん、承りました。でも君凄かったんだねぇ。ローゼ会長の知り合いだとは思わなかったよ」 「知り合いというか、目に止めて頂いたというか」 「充分だよ」 軽く笑いながら書類を確認していき、とある一枚で手を止め真剣な顔へと変貌する。そうして小さく何かをぶつぶつとつぶやきながら手元にメモを走らせていく。そこには全属性魔法、かなりの魔法力、制御力も万能、修繕魔法も早い等々、マサのポイントとなる点をかいていた。今まで当然だと思っていた事がこんなに注目されるとは思っても見ず、少々むずがゆい。 魔法にとって……否、魔法使いにとってのマサの日常も気を付けなければならないと理解できて良かったが、しかしここまで大変だとは思いもしなかった。今は昔とは違い身体も出来上がってきた為魔法力を常に放出しなければならないというわけでもなくなったが、しかし時折は発散させなければならない。この魔法力吸引杖でどこまでできるか分からないが、やれるところまではやって行かねばならない。ローゼに相談しよう。 「……はい、確認とれました。マサくん、君は念のためDランクからスタートだよ」 「えっ?早くないですか?確か最初はGですよね?」 カレンとの会話を思い出しつつしっかりと確認を取る。G、F、E、Dと上がっていくはずだ。しかもカレンの言葉を思い出す限りEが最初の難問のランクと言われていなかったか。最初からDというのはいささか飛び過ぎではないだろうか。 「君の実力的に、本当はCからでもいいんだけれど……新人が目立つと妬みとかも発生するからね。ワンランクダウンさせてからのスタートにしろって言うカーンさんの配慮」 ギルド長……! あの時冒険者の数名がわざとらしく愛してる等言っていたが、その気持ちが分かった気がする。強面で近寄りがたい雰囲気はあるが、こういう面がある故に慕われているのだろう。 「Dまでだったら雑務で直ぐに上がるランクでもあるからね。君はその雑務なしで行けるって事だから、喜んでいいと思うよ」 「何かそれはそれで申し訳ない気がします」 「……マサくんならFだろうがGだろうが直ぐにDには上がっていただろうなぁ」 「?」 「ああそうか、ギルド登録自体が初めてなんだっけ?」 首をかしげるマサに、ネルはそういえばと思い出し冒険者ギルド冊子というものを取り出してきた。 「改めて説明するね。冒険者ギルドは最高ランクはS、最低ランクはG。ただ、GからEまでの間はやれる仕事が限られているんだ。これぐらいは出来るぞっていう信頼度を上げる期間だと思って欲しい。ただ、君の場合はその『これぐらいはできるぞ』っていう『力』が『強い』。だから僕としては君はCからでもいいとは思ったんだけれど、それはそれ。で、EやDから上は『多少危なくても出来ますよ』っていう信用度を上げる期間。Bはその両立が出来て更に『多少命が危なくなってもやれますよ~』、かつ、逆に『やっぱりできませんでした、辞退します~』っていう回数が少ない人。そんな感じに思ってもらえればいいかな。要は仕事を重ねて信頼信用度合いによってランクは上がっていくって感じかな。だから丁寧な君はたとえGからスタートしても直ぐにDに上がっていたと思うよ」 成程、そういう仕組みだったのか。 カレンが言っていたのは、仕事をこなすにつれてランクが上がるのは危険度割り増しもあるが信頼と信用度にもよるものだったのか。 「因みに下のランクの仕事も出来るけれど、それだと新人が育たないって事で、基本は自分に与えられたランクをこなすのが暗黙のルール。ただ、君の場合はまだまだ足元が固まっていない状態だから、多少は目を瞑っていけると思う」 「ありがとうございます」 「まだ安心するのは早いよ。本当に君が大変なのはこれからだ。これから『Dランクに相応しい仕事をしていかなきゃならない』んだから」 こっちにおいで、とネルが案内したのは掲示板。今では人が少なくなっており、そしてこころなしか張り紙も少なくなっている気がする。 「ええと……これこれ。このイイヅクの薬草取りなんかはFランクなんだけれど、この薬草、沼地に生息していて獣にさえ気を付けて居れば危険性は少ない。けれどそれに比べてこのィエン草。これはポーションの原料なんだけれど、ある場所は乾燥高地。つまりは足元が危ない山の上とかにある。しかも数が少ないから、この一定量を集めるのに一苦労。だからDランク」 「……成程」 指を指して依頼書を確認しつつ説明してくれる。その内容はとても分かりやすかった。信頼と信用。そして危険性。確かに兼ね備えていた。そしてそれに応えなければいけないという事も、理解できた。 「因みにDランク以下は三か月間依頼達成がないと冒険者ギルドから抹消になっちゃうから気を付けてね」 「えっ、Dも?」 「Dも。理由としてはDは丁度Eとの境目で、命の危険性がある依頼をこなし始めるランクでもあるんだ。つまり、冒険していても三か月依頼『達成』の報告がないと死亡説が挙げられてくる」 「うわ」 瞬時に納得した。思わず声を出せば、マサくんなら大丈夫だよとまたけたけたと笑うネル。どこから来るんだ、その自信は。 「あれだけの魔法を使えるんだから、よっぽどの事がない限り君は死なないかなって」 「ネルさん結構な事を口にしているの自覚ある!?一応僕新人なんだけれど!?」 「ああ、ごめんね。でも事実だからさ。ちゃんと忠告はしないとね」 「…………それ言われると何も言えない」 「あはは、ごめんごめん!でもね、僕は人を見る目には自信がちょっとあるんだよ。……君はちょっとやそっとじゃ死なないし、死ぬつもりもないだろう?」 言われてマサは顔をネルに向けた。ネルはにっこりと笑顔を浮かべたままだが、『確信しているんだぞ』というオーラが漂っている。それを見て両手をあげた。 確かに彼の言うように、簡単には死なない。死なないし、死ねない。意地でも生き抜くことを選択したのは、まぎれもなくマサなのだから。 「……じゃあその人を見る力をみこして」 言いながら、マサはびっと依頼書を破り取った。その内容は、先ほどのィエン草の収集。期間は一週間以内、量は五十本。 「早速行ってきます」 「了解!じゃあ依頼受付だね。依頼受け付けは僕がいる処。報告と提示も同じところだからね。あ、因みに魔法で鮮度を保つことは出来る?」 「『成るべく鮮度は落とさないように』って事ですよね?」 「その通り。その方が信用信頼はついてくるよ」 「出来る限りの事はやってみます」 「場所はさっき言ったように乾燥高地。一番近い場所はパーニャ山かな。ただ、隣は小さな砂漠が出来ている。気温差にも気を付けて」 ネルは地図を出して細かく説明してくれる。それを頭に叩き込み、マサは初依頼へと挑んだ。 依頼書と、改めて地図を確認する。依頼主はクロイツインの法術協会。協会自体が栽培を行っているが、時折新人育成のために大量に必要な場合があるらしい。今回もその類だろうとネルが言っていた。地図をひらいて改めて場所を伺う。この国はアラン大陸の中でも最も狭い。自分の記憶の中でこの国に砂漠があるというのは無かったが、現地人にしか分からない事があるのかもしれない。そうなると自分は不利だ。今回の依頼をこなせても、今後は支障が出るのは確実だろう。 「……パーニャ山まで三日って言ってたよね……」 馬車がふもとの村まで出ているが、そこまでは三日。そして登山しィエン草を探し、そして村に戻ってそこから更に三日。依頼内容的には一週間。一日で薬草を見つけろだなんて無茶難題も良いところだ。こればかりは仕方がない、『飛ぶ』しかないだろう。 本来なら場所をきちんとイメージ出来たら安定した転移魔法を使えるのだが、今回はそれが出来ない。しかし大きな魔法をこんなギルドの真ん前、言い換えれば都市のど真ん中でやっては目立ちすぎる。 …………。 「ローゼ、いますか?」 結局たどり着いた考えはローゼに助力を求める事だった。幸いにして彼女は常に店にいるようで、事情を聴いた彼女は目元を細め、肩を震わせながら口元を手で隠した。 「うふふふふ、マサ様、早速ネルにノせられましたね?」 「ノってやったんです」 いっそ思い切り笑ってくれ。そうも思うが、これで拍が付けば安定するのは確かだ。そういう体でやっていきたい。 「という事で、空を飛んで行こうと思うのですが、どこか目立たない良い場所はありますか?」 取り敢えず移動方法は目立たないように。更に盗賊だのに狙われないようにしたい。 「そうですね、でしたら……こちらへどうぞ」 ローゼがマサに案内した場所は、店の奥。基本どの店も手前に見せ、奥に住まいを置くのが普通だ。ここでもそれは同じであり、店と家の真ん中には広い庭があった。季節の花々なのだろうか、色とりどりで鮮やかな花弁があちらこちらにある。 「こちらをお使いくださいな」 そうしてローゼが足を止めたのは、少し開けた場所。魔法の形跡があるため、何らかの魔法を行う時はこの場所を使っているのだろうという事が分かった。 「…………良いのですか?」 「はい。帰宅の際も使っていただいて構いません。今回のような短期間依頼で時間が惜しいときはこの場を提供させて頂きたく存じます」 「そこまでは……今回は僕も悪いところがありましたし」 「では、急を要したらという事で」 にこにこと笑顔を崩さないローゼ。そこには有無を言わさぬ圧があり、マサは最初はどうしたものかと困惑するが、 「…………はい」 負けた。色々な意味で。 それを聞いたローゼは先ほどよりも良い笑顔を振りまい、ちゃっかりお土産をお願いしてきた。それに否と応えるはずもなく、マサは手のひらで転がされている感を感じながら依頼をこなす為パーニャ山まで飛んだ。 「…………このままじゃいけない気がする」 パーニャ山で魔法力を惜しみなく使いながらィエン草を探す。人があまりこない山でもある為、多少見られたとしても下からでは鳥と思われるだろう。 手元には既に十八のィエン草がある。手に持ったままでは痛みやすいだろうと空間魔法に収納していた。 「僕って一応国際手配されてるはずだよね……」 なのにこんなに順調に進むのは怖い。 怖いし、何より『皆』に対して失礼極まりない。一人でも泣いたし、ローゼの前で懺悔とも言える大泣きをした。ローゼはそれでいいと言ってくれたし、葬儀の際も助力してくれると言ってくれたが、それだけでは自分が納得できなかった。何か出来る事はないだろうか。自分が、みんなに出来る事。 出来るとしたら『生きる事』。これは絶対だ。そして次に気がかりなのが、ソフィアの存在。今も苦しめてしまっているだろう彼女に、何か出来る事はないだろうか。それと同じ場所にとどまらず、変装をし続ける事。これは冒険者として登録した今、ほぼ解決したと言える。 ィエン草を更に見つけて空間魔法に収納。一度に五本見つけられたので、今日中に依頼は終わりそうだった。 その間にも何をすべきか考える。視界には時折鳥が入り、それを見てはィエン草を探し、思考を巡らせるの繰り返しだった。 「……あ」 そうだ。自分は一応『冒険者』になったのだ。そうなると旅も増える。ならば情報があちらこちらで拾えるだろう。 (もし不穏な動きが他国であったら秘密裡にソフィアに情報を渡せないかな……) それが彼女の為になるかどうかは分からない。悪戯に疲労を増やしてしまうかもしれない。だが、真実であれば早い動きは出来る。マサはクロスクルが嫌いになったわけではない。寧ろ祖国として敬愛している。それが傾国してしまうのは、見て居られない。だからこそ逃げたというのもある。 (……うん、そうしよう。方法はどうしようかな……ロットワンドの家紋はもう使えないし……) かといってローゼに頼むわけにもいかない。それは彼女どころか、エワンダを含むオルガー家を巻き込んでしまう。 そうこうして悩んでいるうちに、ィエン草は依頼の五十本を優に越して七十四本採取していた。戻り手続きをすれば、ネルからとても良い笑顔で『流石ですね』と言われたので『新参者ですが宜しくお願いします』と笑顔で返してやった。
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