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そうして悩みが解決しないまま、依頼をこなす日々が始まった。が、直ぐにそちらでも問題が発生した。狼や熊という動物の討伐依頼や、一か月間の護衛依頼など一人では無理しないと行えない依頼が多かった。Dランク以上は矢張り難易度が高い方なのだろう。それに関してネルに問えば、パーティを組むことを勧められた。
「パーティ?」
「君ももう分かっているでしょ?単独行動じゃ難しい依頼がこの後どんどん増えるよ」
「…………そうだけれど」
「……単独行動の方が向いている?」
「それは分かりません。今までパーティを組むということは…………うん、していないですね」
クロスクルの時はどちらかというと指揮、というよりも教えていた方が多かった。なので同じ目的の者と共にというのは、机に向かっていた時や街へ赴いた時のほうが多かった気がする。
「それじゃあこの機会に何人かとパーティを組んでみると良いよ。相性もあるとは思うけれど、それも冒険者として必要な事だからね」
「…………」
正直、気は進まない。けれど依頼内容は確かに複数人いた方が良いものが多い。
「……パーティって、その場限りのものでも大丈夫ですか?」
「…………」
そっと問いかければ、ネルは一瞬驚いた顔になった後、少し寂しそうな笑顔になる。
「……うん、出来るよ。寧ろそれを繰り返して固定パーティに繋がるっていうケースがある。勿論、視野に入れるのも無理っていう人たちもいるし。もし気になるようなら、変装すればいい。僕が保証人になろう」
「お手数をかけてごめんなさい。それで行きます」
「分かった。じゃあ、魔法使いを募集しているパーティを探すから、ちょっとだけ待っててくれるかな?」
「はい」
言われてマサは依頼掲示板を見上げた。矢張りDランクからは複数人でこなす依頼が多く、最初に受けた依頼が異例だったのだろう。あまり正体がばれるような行動には出たくないが、金銭面も含め、旅をするなら危険は少ない方が良い。まさかこんな壁に当たるとは思ってもみなかった。
「マサくん、お待たせ」
「はい」
呼ばれてネルに近づけば、数枚の羊皮紙を持っていた。
「とりあえずDランク以上で魔法使いを探しているパーティなんだけれど、正直BやAが多い」
「えっ、それって僕ご一緒していいんですか?」
「僕個人としては良いと思う。だけど、募集している人たちが納得するかどうかってところかな」
それはそうだ。自分よりランクが下の人間ということは、経験が少ないという事を示す。場合によっては命の危険があるという依頼に、そんな人間がやってきては足を引っ張るだけだ。
「あんまり気が進まないんですけれど」
とうとう正直に口にした。ネルもそうだよねぇと困惑顔を浮かべる。
「依頼内容によってパーティを募集しているのが大半だからね。因みにマサくんは癒し系とか補佐系の魔法は使える?」
「使えます」
「どれくらい使えそう?」
「とりあえず隠蔽魔法なら一週間昼夜休まずに。一週間以上はさすがに休みたいですね」
そう、一週間程度ならマサ一人でもこなせるのだ。だが一か月の護衛だのとなると話は別だった。休めないと万全の状態で対応しきれない。討伐に関してもそうだ。何時どこから襲われるかも分からないのでは、常に意識をしなければならない。それが休みなしになると、厳しい。
「……聞いた僕が莫迦だったよ」
少し遠い目をしたネルに、マサは何も言わずにちらりと羊皮紙を見た。
どこかの村の畑を荒らす複数の熊。最近狼の発見率が高いために捜査してほしい。先ほど掲示板で見た依頼と同じものがある。
「そうだね……狼討伐はどうだい?パーティは剣、盾、弓のパーティ。魔法使いの人が引退したから募集している」
「…………」
「じゃあこっちのはどうだろう?収穫を間近にしているけれど、どうやら盗賊に成った実を盗られているみたいっていう調査依頼。短剣、槍の二人組なんだけれど」
マサの難しい表情から直ぐに次の提案が出された。流石、慣れているのだろう。そして今回はマサにとっても関心を惹かれた。
「…………二人だけ?」
「そう。それでも立派なパーティだからね。因みに二人のランクはB。彼らは気さくだし、そこまで気を使わなくても大丈夫だと思うよ」
二人だけのパーティ。成程、相棒を作るというのも手だったか。
少し違う考えを持ちながら、マサは差し出された羊皮紙を見つめる。依頼内容はネルが説明した通り。もし盗賊や野生の動物だったら命の危険性がある為にDランクに上がった依頼だった。手当もしっかりしているが、如何せん場所が遠い、つまり辺境の村なので依頼達成金が心もとない。その為に依頼が残っていたのだろう。
「……」
一回だけ試してみるだけならいいかもしれない。二人だけなら変装すればどうにでもなるだろうし、それこそ冒険者なのだからよく会うという訳でもないだろう。
「……じゃあ、このパーティで」
「分かった。後は君たちで話し合ってパーティを組むかどうか、この依頼を受けるかどうかを決めて貰うよ」
「分かりました」
「…………マサくん」
肯定の意を表したら、ネルが真面目な顔で名前を呼んできた。いつもの胡散臭い笑顔でない上に雰囲気も重い。これはこちらもそれ相応に対処しなければならない内容だと判断し、ネルの真正面に立ち直った。
「……君が望むのであれば、何もこの街のギルドじゃなくてもいいんだ。ギルドカードもあるし、必要なら紹介状も出す。他の街で別の依頼を受けてもいいんだ。けれどね、僕の経験談で話させてもらうけれど、君みたいにパーティを望まない人は大体Dランクで命を落としてる」
「!」
言われぐっと詰まる。それに畳みかけるようにしてネルは続ける。
「他の街に行った冒険者の人もそうだ。ギルド登録から抹消される大半の理由はそれ。この前言った事と重複するけれど、三か月以上依頼を受けていない人は、依頼を受けたにも関わらず三か月以上音信不通になったって人でもある。意味は分かるね?」
「……はい」
「だからこそ、僕は今のうちから君にはパーティに慣れて欲しい。毎回同じパーティじゃなくていいんだ。ただ、連携を取るという意味でも事前相談とかすればいいし、可能であれば固定パーティに所属してほしい。それが望ましいんだ」
「…………」
「急にDから始まっちゃったから、風当りは強いかもしれない。けれど、君の実力を知ればみんな納得してくれると思う。……ちょっとだけ、考えておいてほしい」
「……分かりました」
「ありがとう。それじゃ、お相手さんに連絡とるね!会合は何時が良い?なるべく早い方が良いと思うけれど」
これで真剣な話は終わり、というようにネルはいつものように明るい笑顔になって確認を取ってくる。自分に気遣ってくれている事が分かり、マサは苦笑しかできなかった。
「僕はいつでも。今日中でも大丈夫です。ネルさんにお願いした立場だし」
「了解、宿はどこ?連絡入れるからさ」
「北区にある『ワンドルツ』。そこに居なければローゼの処に居ると思います」
「……そうか、魔法使いだもんね。高価なものを取り扱っているんだからそれ相応の処だよね……僕も一度でいいから泊ってみたい」
「……今度、そこで売っている茶菓子を持ってきますね」
「ありがとう。でも高価すぎて怖いから大丈夫だよ」
そんな会話を交わし、ギルドでの出来る事は終わった為外へと出た。先ほどのネルの言葉を繰り返し脳内再生させる。佇まいと良い、瞳の真剣さと良い、彼がマサを気にしているのは分かった。
「……普段からああならいいのに」
ちょっと尊敬してしまったではないか。少し、ほんの少し悔しい気がする。そう思いながら、マサは念のために北区にある換金所本部へと向かい、魔法具をお金へと替えておく。そして宿に戻った途端、受付から声が掛った。
「マサ様、先ほどギルドの使いの方からご連絡が入りましたよ」
「え、もう?」
言ってから少し後悔した。この宿の人は詳しい事情は知らない。想定していたより早く連絡が来たからと言って、彼らに困惑させる言われはない。
「失礼しました、予想より早い連絡だった為思わず口に出してしまいました」
「お気になさらずに。こちら、マサ様宛となります」
受付男性はニコリと営業の表情を作り(最初少々舐められた態度をとってきたので金貨を五十枚ほど出して泊れる分だけと言えば態度を変えてきた人物だったりする)、手紙を差し出された。それを受け取り、その場で確認を取る。
記されていたのは、本日十四時にギルドに集合とだけ。
「……確かに確認させて頂きました。少し休んでから出かけます」
「畏まりました。お帰りは何時ごろでしょうか?」
「そのまま依頼を行う可能性があります。二十二時になっても帰ってこなければ、魔法で結界を張ってくださってかまいません。決まったらなるべく早い時点でギルドから手紙を出します」
「承りました。昼食は如何なさりますか?」
「有難く頂戴したく存じます。今からでも大丈夫でしょうか?」
「かしこまりました。ではお部屋にご用意させていただきますので、それまではお寛ぎになってください」
「いつもありがとうございます」
「とんでもございません」
言い合って頭を下げ合い、男性はカウンター内、そしてマサは与えられた部屋へと戻る。初めての人物と討伐依頼だ。お互いフォローし合う事が前提になるだろう。今のうちに使う魔法力の量を決めておかなければ。更に言えば空間魔法で非常時用に携帯食を少し調達、あとはあちらも冒険者なのだから現場での収穫も慣れている筈。時計を見れば十一時。昼食を食べて直ぐに動けば自身に必要なものを調達できるだろう。
「失礼します」
丁度ノックと共に声が掛り、ドアを開ければ昼食がやってきた。経った今立てた計画通りに進むべく、マサは旅先ではなかなか味わえない昼食を丁寧に平らげるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………」
立ち去る少年の姿を見つめて、小さくため息を吐いた。年齢が早い頃から冒険者になる者は多い。そういう意味では、少し成長した部類に入る少年だ。
改めてギルド登録時に使った書類を見つめる。誰にも見せられないカーンの判断書類には要注意人物と記されている。何度見ても変わらなかった。自分も同意見だ。あの歳で国外からやってきたという割にはあまりにも世間知らずなのだ。更に言えば力がありすぎる。彼自身が何かを起こすかもしれないし、逆に巻き込まれて周りに被害が出るかもしれない。それなら手綱を握った方が良いというのがギルドの考えだ。
だが実際に話してみれば、学習能力は高く、少しからかえば年相応の反応が来る。時々抜けているところがあるのは本来持っているものだろう。
だからこそ、そういう意味でも危うい。聡い子ではあるが、利用されてしまうかもしれない。だからこそ今のうちに場数をどんどんと踏んでほしかった。そうでないとこっちも巻き込まれるし、彼自身の為にもならないからだ。
しかし気になる事は他にもある。いざ他人を関わらせようとすると人を避ける動作をする。それが意図的なのは今回の反応で分かった。必要以上の関係を持ちたくないと思っているのだろう。『鏡の心』の店長であり、魔法協会の会長であるローゼには頼っているようで安心し、疑いも薄くなった。しかしローゼがいなくなったら彼はどうするのだろうか?独りで耐え忍ぶのだろうか?もしくは、そういう経験をしてきたのだろうか?
考え出したらきりがない。だが『要注意人物』なのには変わりない。彼にとっても、自分たちにとっても。
「…………出来れば、大事が起きなければいいなぁ」
彼が傷つくのをみたくない。死んでほしくない。
他人と関わりのある依頼を見せると、必ず辛そうな表情をする。最初は顔をしかめているだけかとも思ったが、最近になって分かった。どんな環境で育ってきたのかも不明だが、今の自分にはそれが素直な感想だった。
きっと自分は今後もおちゃらけて見せながら接するだろう。元々そういう性格ではあるが、彼に関しては余計におせっかいを焼いている自信がある。
「個人的に贔屓しちゃダメなのにねぇ……僕もまだまだだな」
そうつぶやくと、一度ストレッチをし次の仕事へと取り掛かるために佇まいを直すのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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