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大きいフードをかぶり、顔を隠しながら時間より早めにやってきたマサは、直ぐにネルの処へと向かった。フードが大きいのは今の自分の顔を見られないため、そして変装後の事を考えてだった。
「ネルさん」
「あれ、マサくん。まだ時間には早いよ?」
「いえ、一応考慮して変装しようと思って、その容姿をネルさんには先に確認してほしくて」
「あ~、成程ね。僕が混乱しないようにか。ありがとう」
「いえ。それで、あの……まだ来てないですよね?」
あたりを少し見回す。ギルド内には数名の男女が情報を交換し合ったり、掲示板を見て居たりしている。もしこの場に居るのであれば変装しても意味がない。それを耳にして、ネルはにこりといつもの笑顔で応えた。
「まだだよ。大丈夫」
「じゃあ、このフードを目印にしてください。外で変装してきます」
言いながら指さしたフードは深い緑色の、巻き付ける形のフードだ。服装も大き目のにしている為、彼も大人の姿に変装する事を理解してくれたようだった。
「分かったよ。緑のフードに薄肌色の服装だね」
「宜しくお願いします」
それだけ交わすと、マサはすぐにギルドから外へ出た。そしてローゼの店に入らせて頂き、魔法を自身にかける。
「あらあら」
どちらかといえば魔法に反応したのだろう、奥からローゼが姿を出してきた。
「こんにちは」
「あらあらあらあら。とても素敵な青年になられて」
「変ですか?」
ちょいちょいと髪の毛を弄ってみる。成長させ、翠の髪を漆黒に、同じく緑の瞳を金色へと変えてみた。髪の長さは短くしてみた。まあ、本来が肩にかかるほどの長さであったので、少し短くしても一般的な表現は『長め』かも知れない。首にかかるぐらいの長さで、横髪も頬に当たる。……矢張り長めかもしれない。思わず心の中で反語を使う。
「いいえ、どこも。ただ、珍しい組み合わせの髪と瞳の御色ですね」
「変装なのだから、逆にちょっとだけ意識させて、いざ別の姿や元の姿になった時には『今あいつはいない』と思わせようかと」
「成程、とても宜しいお考えだと思います」
ローゼが手を合わせて微笑んでくれる。それに微笑を返せば、元が良いのですね~とか将来が楽しみですわ~などという声が上がる。正直自分がそんな部類に入るとは思わなかった。今度変装するときは平凡な感じを意識してみよう。
「それで、今日は何かお探しですか?」
「あ、あの、この姿の確認と……ちょっと、ギルドの仕事が入りましたので、もしかしたらこのまま旅立つかもしれないと思って一言お声掛けをと思ったんです」
最初の仕事の時から、依頼をこなすときは必ずローゼの処へと赴くのが習慣になっていた。帰ってきた時にたまたますれ違ったら、今後は行く前と帰ってきた時に顔を見せてくれと言われたからだ。どうも子供のように扱われているような気がしなくもないが、彼女からの『お願い』だ。断り切れなかった。
「今回はどちらに?」
「まだ正式ではないんです。その……ちょっと、パーティを組んでみようかと思って。それで意見が合えば、依頼を受ける形になります」
「ああ、だから変装なさったんですね。よくお似合いですよ」
「ありがとうございます」
「パーティは良し悪しあると思います。仲が悪くても連携がとても良くて動きやすいというのもございますから、負担にならない程度に何人かと試してみてくださいね」
「分かりました」
ローゼの助言に頷き、それじゃあと背中を向ける。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
微笑み手を振ってくれるローゼに、今度のお土産は何にしようかと思いながら改めて冒険者ギルドへと入った。するとネルの前に双剣を腰に、身の丈より少し長い槍を背にした青年たちが目に入った。もしかしたら彼らのことかもしれない。
「ネルさん」
「えっ?……あっ、マサくん!」
「はい、マサです」
世間話をしていたらしい彼らの間に入るのは気が引けるが、仕方がない。小さく声をかければ、一瞬固まりはしたものの直ぐに順応して名前を挙げてくれた。どちらかと言えば確認に近いだろう。なので自分も名乗りを上げる。
「お、来たか~」
「はじめまして」
「はじめまして、こんにちは。本日はご検討のほど、よろしくお願いします」
短剣の青年は金色の短髪に茶の瞳、槍の青年は明るい茶に赤みのかかった瞳。双方ともに二十代前半というところだろう。
礼儀正しく行こうと決意し、少し硬い口調で返答した。
……というより、『ロットワンド』の顔にした。恐らくこの体制の方が良いだろう。
「俺はポール。見ての通り短双剣使い」
「俺はカストル。俺も見ての通り、槍遣いだよ」
「魔法使いマサ。基本どの魔法もこなせます」
それぞれに自己紹介をし、互いが互いを見定めに入る。
「それ今ネルに聞いた。んでさ、マサ。寝ずに一週間隠蔽魔法かけるの出来るってマジか?」
「はい」
突然ポールに呼び捨てにされた。まあ彼の方が年上だからいいかと思いつつ、頷く。このクロイツインに来るまでの間、仮眠は途中したもののほとんどの時間を目立たないようにと隠蔽魔法を微力ながら出し続けてきた。負担はそれほどまでなく、途中で魔法力を放出するために馬車全体をこっそり防御魔法をかけたりしたほどだ。
「はー、かなりの力持ってんなぁ」
「カーンさんのお墨付きっていうのは伊達じゃないみたいだね」
「そうですよー。僕が嘘ついているって言うんですかー?」
「「いつも胡散臭い」」
「わお、辛辣ぅ」
「…………」
そう言う処だと思う。そう言いかけて、マサはぐっとこらえた。彼には彼なりのやり方があるのだろうとパーティを勧められた時に学習したからだ。
「必要なら訓練場を借りて実力を見せますが」
「あ~、いい、いい」
「ネルや君が嘘を吐いていたとしても、カーンさんのお墨付きの書類は間違いないからねぇ。だから後は相性なんだよ」
「…………補佐魔法や回復魔法を優先にすればいいですか?」
「そうだねぇ。あとはポールの暴走を止められるかどうか」
「え?」
「あぁ?」
カストルの言葉にポールと同時に声が出た。ポールはカストルを少し睨みつけるが、カストルはニコニコした笑顔を崩さない。………どこかしらネルと同じ様な雰囲気がある。絶対腹黒い人だと思う。
「こんな風にね、ちょっとカマかけると喧嘩腰になっちゃうんだ。そのままヒートアップしちゃうから、それを止められるかどうか」
「カストル、お前な」
「…………水でもかければいいですか?」
「おまっ、ノるのかよマサ!!」
「そういうお話でしたので」
応えれば、コノヤロウという声に正論じゃないかという声が交差した。
どことなく。
どことなく、エワンダとオリヴァーに似ている気がする。ポールがエワンダ、カストルがオリヴァーだ。だがここまであからさまに動きはしていなかった。二人とも大人の対応をしており、訓練された騎士だったのだと改めて思う。
「…………それで、第一印象は?」
このままでは話が進まないと見かねたネルが声をかける。すると全員がネルを見つめた。
「頭硬そうで律儀な奴。絶対器用貧乏。顔が良い」
「無口で無表情で難攻不落。特に女性からの情報収集を任せられそう」
そんな印象なのか。そんなことを思いながら、マサは自然と二人の印象を口に出した。
「…………昔の、亡くなった知人二人に似ている」
言ってからしまったと思ったが、これだけで分かる事はないだろう。と、開き直ってみる。これ以上何も言うまいと心に誓い、反応を待った。三人は少し驚いた表情をしたが、ネルは目を細め、ポールとカストルはぽんっと肩や背中を押してきた。
「んだよ、それが原因でそこまで堅苦しいのか?」
「パーティ避けていたのもそれ?それなら、俺らなら大丈夫だと思うよ。これでも高ランクの冒険者なんだから」
……これはおそらく勘違いされてる。昔組んでいたパーティメンバーが死んだとかそういう系で。そう察したが、マサは何も言わずに取り敢えず頷いてみせた。勘違いしているならそれはそれでいい。自分はそれ以上も以下も口にしなければ良いのだから。その様子を見守っていたネルは溜息を一つ吐き、それじゃあと声をかけてくる。
「パーティ構成、成立だね。依頼は変わらず?」
「俺はそのままでいいぜ」
「俺もだよ」
「……私も大丈夫です」
全員が肯定の意を示した。お互いに顔を見合い、それぞれの意志が確かなものと改めて確認する。
「マサ、俺は堅苦しいのは苦手だ。ちょっとは肩の力を抜いてくれよ?」
「努力します」
「ポール、そう言う処が無理強いさせているんだよ?」
「苦手なもんは苦手なんだよ」
「それを言ったらマサくんだってそういうのが苦手なんだよ」
「うぐぅ」
「…………あの、善慮しますので口論は……」
このままここで騒がれては他人にも自分にも迷惑だ。成るべく目立ちたくない。
「ああ、悪い」
「いつものことだから、気にしないで?」
「…………」
いつもなのか。そう思ってちらりとネルを見れば、彼はやや疲れた表情で肩をすくめてみせてくる。……いつもなんだ。
「それじゃあ出発準備しようか。マサくんは都合のいいタイミングある?」
「今からでも。こうなるかもしれないと事前準備してきました」
「……こう言う処、ポールにも見習って欲しいなぁ」
「お前はいちいち一言多いんだよ!それに俺らだって準備はしてきただろうが!」
「主に俺がね」
「うぐぅう!」
カストルに問いかけられすぐさま応えれば、彼は腕を組んで頷く。その様子にポールがわめき、これはカストルがポールをからかっているのだと理解した。上下関係が見えた気がする。
「…………依頼、承りますので」
「……ああ、うん、承認しました」
これは止まらないかもしれない。そう思ってマサがネルに小さく言えば、ネルも戸惑いながら書類へと書き込みをしていく。紹介状だ。
「……ネルさん、あの二人っていつもあんな感じですか?疲れません?」
「…………僕が疲れている理由は君にもあるんだけれどね。かなり驚いたよ。あんな風に雰囲気まで変えるなんて思いもしなかった」
「それは……すみませんでした」
「いいや、大丈夫だよ。はい、それじゃあこれがギルドからの紹介状なんだけれど……そうだな、空間魔法にでも保管しておいてね」
「……一応二人に確認とっておきます。初めてのパーティですし」
「それもそうか。気を付けてね」
「はい、ネルさんはしっかり休んでください」
「ありがとう。良い旅を」
小声でやり取りをし、紹介状を受け取る。少々申し訳ない事をしたなと思いながらいまだに言葉を交わしているポールとカストルの処へと向かった。
「……紹介状、誰が持ちます?」
マサの言葉に漸く二人の言葉が途絶えた。二人がマサとマサの手元を交互に見、そうして
「マサが持っててくれ」
「マサくんが持ってて」
二人同時に言われた。目を瞬かせれば、その方が信頼関係を築きやすいと言われた。成程、少人数パーティだとそういう事もありえるのか。納得し、空間魔法に紹介状を入れる。勿論、二人の目の前でだ。
「必要な時は申し出て下さい。それと、この後買い出しに行くなら荷物を少しだけでも僕の魔法で運びましょう」
「いいや、それはいい」
「マサくん、パーティは固定だったのかな?一応初対面の人間に荷物は預けられないよ。それで逃げられたりしたら困るからね」
成程、そういうものか。了承したという意味で頷いてみせれば、二人も満足したらしい。それぞれ笑顔で拳をだしてきた。
「?」
その意味が分からず見つめていれば、挨拶だと言われた。
「これからよろしくな!」
「っていう意味の音頭みたいなもの」
「ああ……承知しました。宜しくお願いします」
そうしてマサも、恐る恐る拳を差し出し、小さくこつりとぶつけ合った。
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