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初めてのパーティの旅は意外にも快適だった。夜中獣に襲われた際、咄嗟に二人に身体強化魔法をかけ、傷は小さくとも癒しを行った。その行動が良かったのか、二人にはこれは良い連携にできそうだと両手を上げて喜んでいた。
「前に一緒になった魔法使いは実践経験が浅くてね」
「混乱しちまって俺たちにも魔法攻撃をかけてきてな。挙句の果てには魔法力切れでランクが下がった」
「…………それは……お疲れ様でした」
実戦経験があって良かったと心底思う。クロスクルに居た頃……実家に居た時は当たり前のように実践訓練を行っていたし、ロットワンドが滅びてからも実践経験を積ませるために近衛兵たちと攻防を繰り返していた。それが功をなしたのだろう。
「マサは家族とかいるのか?心配させたりしてねぇ?」
「…………全員他界しています」
ポールが興味本位でだろう、野営中に聞いてきた。本当はソフィアの事も考えたが、今は実家の方を優先して話した方がボロは出にくいだろう。
瞬間、ごんっとカストルがポールの頭を叩いてマサにごめんね、と言ってきた。
「コイツ本当に考え無しだから」
「ってぇえ……!」
「……いえ、大丈夫です」
寧ろそんなやり取りをして大丈夫なのだろうか。しかしポールが何も言わず頭を抱えているところを見ると大丈夫なのだろう。
「悪ぃな。俺んとこ、弟妹がいるもんでよ。ちょっと気になって」
「本当に大丈夫です」
正直、実家に関してはマサの中では既に最底辺にある。これもある意味成長したためだろう。だが今はその頃の自分を演じている。何とも嗤える話だ。
「因みに俺も天涯孤独って奴だ」
「同じですね」
「ああ、お揃いだな」
お揃い。カストルのその言葉は、ちょっとくすぐったい。
「ちょっと、置いて行かないでくれますー?」
「お前は元気に下の兄弟を養う事を考えておけ」
「そりゃそうだけれどよー」
「…………すみません、家族にはあまり良い思い出がないので」
強いて言えばエワンダやオリヴァー、ノアあたりが兄にあたるだろうか?しかし年齢的に兄弟というには少し離れている。どう表現すれば良いか分からない。
「おっと」
「本当に地雷だったね……ごめんよ」
「今は本当に大丈夫なんです。そこまで深刻に捉えないでください。そっちの方が気になります」
はっきりと言えば、ポールは肩を落とし、カストルは微苦笑を浮かべて黙り込んだ。気にしてくれるのは有り難いが、掘り返すことはしたくない。
「…………雰囲気を重くしました。申し訳ありません」
「いや、この馬鹿が原因だから」
「うるせぇ。いや毎回否定できないのがあれだが。じゃあマサは今まで一人で旅してきたってことか?」
「…………幸い遺産はかなりありましたから、暫く自活していました。それで、そろそろ本格的に仕事を探さないといけないと思って、ギルドに。旅をすれば見えてくるものがあるかと思って」
一応嘘は言っていない。旅の目的とかは違うが。オルタンスの言葉が蘇る。人を欺くときは本当と嘘を混ぜ込ませれば良い、と。
「へー」
「君ほどの実力者ならどこかの国で近衛兵とかやっててもおかしくないのに」
「堅苦しい場所は苦手です」
「そういうお前は堅苦しいぞ」
「癖ですね。実家がそういう所でしたので」
「あ~、成程なぁ」
「頑張ってきたんだねぇ」
何だかしみじみと納得されてしまった。このままでは話が自分に向いたままになってしまうかもしれない。正直それは避けたい。
「……ポールさんはご家族の為に冒険者になられたのは納得しました。カストルさんは?」
「俺は槍の腕を上げたいからだね。修行していた道場……あーと、こっちではあまり聞きなれないかな?組織みたいなものだと思って。で、そこでトップになったんだけれど、槍だけの試合をするっていう祭りがあってね。そこでまさかの初戦敗退だったから、自分磨きと槍の腕を鍛えるため」
「……失礼しました」
古傷を抉ってしまったかもしれない。それこそ昔の笑い話だよ、とカストルは笑った。
「Bランクなのになぁ。お前」
「まあ、運が悪かった……では片づけられないほどの完敗だったから。井の中の蛙って奴さ」
「……カストルさん、もしかして他の大陸から来ました?」
井の中の蛙。その諺の中の井が井戸というのはあまり理解されにくいのがこのアラン大陸だ。更に道場という言葉。確か己を鍛えるための訓練場と聞いたことがある。そう、アラン大陸で表現するなら『訓練場』なのだ。『道場』という言葉は使われない。
するとカストルはそうだよとあっさり頷いた。
「と言っても、生まれて十まであっちにいて、その後アラン大陸に越してきたんだ。父親が商人やっていてね。向こうの商品をこっちで広げようとしたんだ」
「納得しました。因みにその故郷では魔法がありましたか?」
「あるにはあるよ。けれど向こうでは『術』って言うんだ。で、魔法使いの事は『術者』。こっちとはちょっと形が違うかな。召喚術っていう奴もあってね」
「召喚術?」
「そう。獣を従える魔法。だからここみたいに狼に襲われました、討伐します、けれどそれは人間じゃなくて従えている獣にやらせます、って感じ。詳しくは分からないし教えてあげられないけれど、興味があるなら一度行ってみてもいいかもしれないね。コートール国って言う小さな大陸だよ」
言われてマサは記憶の片隅にあった情報を思い出す。エワンダとオルタンスが言っていた。確か……
「このアラン大陸と同じくらいの規模の国ですね?」
「知っているの?」
「齧った程度ですが、酒が独特だとかそういう意味で」
「「あ~~」」
二人の会話を思い出しながらぽつりと言えば、二人は納得したように声を上げた。二人が話していたのは原料が違う酒の為、エールの味も違うとか。
「確かに、一度呑んでみたけれど結構辛口だよな」
「でも透き通る感じで俺は好きだな、マサは飲んだことある?」
「ありません」
「じゃあ今度取り寄せるから、暇な時にでも一緒に呑もう」
正直戸惑った。此処まで親しげになってくれるのは嬉しい。が、次があるかどうかは分からないのだ。
「……それでは、機会があれば」
「うん、そうしよう」
「俺も呼べよな?」
「お前は俺が呼ばなくてもそういう直感が働くだろう?」
「まぁな~」
ケタケタと笑うポールに、肩をすくめるカストル。それを見て、本当に仲のいい二人組だと改めて思った。
「それじゃあ、そろそろ見張り決めるか~」
「そうだな」
「はい」
夕食後の他愛のない話を過ごし、マサたちは親睦を徐々に深めていった。
結果として、それは連携にも影響が出、マサはネルが言っていた事を改めて理解する。親睦を深めることによって二人の動きが何となく理解できるようになったのだ。それに合わせて魔法を放つことが出来る。徐々にやりやすくなっていき、二人からの意見も取り入れて調節していく。勿論、こちらからも意見を出した。それに二人は応えてくれたし、自分も成るべく応えるようにする。
そうしてどんどんと素早く処理が終えて行き、進む足も早くなっていった。
結果として、徒歩で一週間かかる依頼先には五日でたどりつき、身体を休めてから捜査へと乗り出すことが出来た。
「重点的に荒らされているのはどこですか?」
「矢張り村から離れている方からですね。特に北北東あたりはやられています」
カストルが村人に訪ねると、返答がくる。それを聞きながらマサも無言で思考を回転させた。
村人が荒らされていると主張するのは木の実だった。収入源の一つであり、山の麓にある為水が綺麗な為、木の実……シュカールという果実だ……も甘さが多く、今からの時期には特に売れるという。シュカールの木は背丈が低い。その為マサの本来の姿でも収穫は簡単に出来る。
それ故に、獣が漁っているのか人間の仕業なのかが判別つかないという。
「……地図はありますか?出来ればここの村を中心としたもので」
「はい、あります」
北北東という単語に引っ掛かりを感じ、マサが申し出る。すると村長はすぐに地図を用意してくれた。それを見て矢張り自分の勘は正しかったと判断する。
「ここの北北東の山脈。その向こう側に町がありますね」
「はい、そこにも私たちが荷下ろしする街です」
「という事は、村人と偽って下ろすことが出来ると」
「!」
その発言に、一瞬にして空気が張り詰めた。
「……断言するわけではありません。ただ、獣の足跡らしきものが見当たらないのであれば、可能性は高いです」
言いながらも、その可能性がほぼ絶対的だろう事は感じていた。何せその山はマサが最初の依頼の時に使った山だ。薬草も見当たらずはずれを引いたかと思い、試しに探索魔法をかけてみた。その際生き物の気配は全くなかった。乾燥した山肌に獣の住める環境はない。少なくとも、四足動物は難しいだろう。
そして、あまり考えたくないものも浮かんでいる。
「…………ちょっとメンバーで確認を取りたいので、席を外します。ポールさん、カストルさん、少しだけ付き合って下さい」
「お、おお」
「分かった」
動揺しているポールに、直ぐに何かを感じてくれたカストル。二人を連れて村長の家を出、そして少し離れたところで防音結界を多重に張った。
「どうしたんだ、マサ」
「他に引っ掛かる事が?」
「はい。正直に言いますが、これは確実に人間の仕業です」
途端、二人の表情が真剣なものへと変った。
「何で断言できるの?」
「私が以前依頼でこの山の調査に来たことがあるからです」
「?その割には村の奴らお前に反応しなかったよな?」
「その時は飛行魔法を使っていましたし、この村には寄っていません。ですがその際に念のためと思って探索魔法を山全体にかけています。生き物の存在は感じ取れませんでした」
その言葉に、二人は黙り込む。畳みかけるようで悪いが、マサは更に主張する。
「それと、この問題。もしかしたら山賊とかそういう系の人間が犯人ではないかもしれません」
「え?」
「……村人の誰か、か」
「可能性はあります」
ポールが首をかしげる中、カストルはすぐに理解してくれたらしい。それに少し安堵を覚えながら、マサは頷いた。
「そうなると村人を相手にしなければならない。……改めて聞きますが、お二人はこの依頼、受けられますか?もしお嫌であれば私が違約金を払います」
ややこしい事になる前に辞退するのも手だ。二人に選択肢を掲げ、如何するかを問う。二人は顔を見合わせ、視線で会話しているようだった。
「……必要なら、私は防音結界から出ましょうか?」
「…………否、いい。マサ、お前はどうするつもりでいる?」
「とりあえず、お二人の意見を尊重させて頂きます。如何せん初めてのパーティでもありますから、先輩に従うのが筋かと」
「それもそうだけれど、マサくん自身はどうしたい?」
言われてマサは少し考える。自分から見ての、この依頼。
「……そう、ですね…………正直に言えば、内容の割にはあまりにも簡単すぎる依頼ですね。裏がある様に思えて仕方がないです。出来れば関わりたくはないですが、今後ほかの冒険者がこの依頼を受けてとやかくなるのは夢見が悪い」
「簡単といった理由は?」
「一つ。もしかしたら村長は犯人を知っていて黙認しているかもしれない。一つ。山賊やらだったらこの村を襲撃した方が手早い。一つ。村人が犯人なら他の村人が気付かないはずがない。……以上、上げられる内容の一部ですが、これぐらいは村長やら村人なら考えつくはずです。お二人もそうでしょう?」
「そうだね」
「だな」
「なのに、Bランクのお二人を呼ぶほどの依頼だという。……おかしくありませんか?」
「…………もしかして、村全体がグルかもしれない?」
「否めません。勿論、山賊の可能性だってあります。少人数なら出来る事が限られる。ただ、山賊とか盗賊系は効率よく事を進めようとする。結果、人質を取ったりとかしているかもしれません」
「それが本当でも違くとも、依頼内容はおかしいね。そういう形なら『山賊退治』の依頼のはずだ」
「その通りです。なので私はこの依頼あまり乗り気ではないですね。正直違約金を払って別の依頼に行きたいところです」
そんな会話をカストルと続けていた時だった。
「あ」
急にポールから声が上がった。何だろうと二人がポールを見れば、ポールは何やらすっきりした表情になっている。
「漸く分かった。マサ、お前ってかなり人間不信の部類だろ?」
「…………」
何を言われたか一瞬理解が追い付かなかった。しかし今のマサは確かに人間不信にはなっているのは自覚している。
「それが?」
「よぉし、ちょっと歯ぁ食いしばれ?」
「へ?」
「そりゃっ!」
言われると同時か、手加減しているのかどうか分からないが、かなり強い衝撃が左頬にやってきた。
「……!?」
何が起こったのか分からないが、取り敢えず熱いのと痛いのが来たので恐らく殴られたのだと思う。
「とりあえずお前はその疑心暗鬼をどうにかしろ。見える物も見えなく……な……あ?」
「…………え?」
ポールが腕を組み自分に発しているだろう言葉が、途中で止まった。カストルも驚いたような表情でこちらを見ている。二人に何があったのか分からないが、取り敢えずポールが考えすぎだと言いたい事が分かった。
「…………言いたい事は分かりましたけれど、それで急に殴るのはどうなんですか」
言いながらゆっくり立ち上がり……そして気が付く。
服が、大きい。
「…………っ!」
気が緩んだせいだろうか、恐らく殴られた瞬間に解けてしまったのだろう。マサは慌てて変装魔法をかけ、ぐっとフードを深めにかぶった。
「…………ポール、取り合えず言いたい事は俺にもわかったけれど、マサくんの言う通り、急に殴るのはいけないと思うよ」
「え、あ、え?」
「…………」
直ぐに癒しの法術を頬にかける。その間にカストルがポールを咎めるようにして言い、現状の空気を換えようとしてくれた。が、ポールがそれに追いつかない。
「…………ああもうっ!」
それに両手を上げたのは、マサの方だった。
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