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「戻りました」
「おう、お帰り」
「ありがとう。どうだった?」
切りの良いところで姿を見せれば、二人は笑顔で応えてきてくれた。矢張りこの依頼が終わったら、この二人には二度と会わないようにしよう。姿を新しいのに変えて、誰にも分からないようにしよう。そう決めた。
「結論で言えば、山に異常はありませんでした」
「人としても、獣としても?」
「そうですね。ただ、何人かの旅人らしき人はいましたけれど」
暗に注意が必要だと伝え、各々アイコンタクトをする。少し沈黙が訪れたが、それじゃあ行くかというポールの一声に二人も動き出した。北北東にあるという果汁園を目指す。
「そういえば気になった事があるのですがいいでしょうか?」
ふと、マサは先ほど山に魔法をかけている時に気が付いたことを二人に報告しようと口にした。
「何だ?」
「いえ、普通に考えて村人も果汁園の確認はしている筈ですよね」
「そうだね」
「じゃあ獣の足跡とかも確認している筈ですよね」
「ああ、それは俺が聞いたよ。どうやら此処には調教された狼が居るらしくてね。その足跡もあるから………………分かった。皆まで言わなくて大丈夫」
「…………ああ、そういう事」
「私も抜かっていました。申し訳ありません」
狼の足跡以外なら依頼書に『獣が荒らしているようだから退治してくれ』とはっきりと書くはずだ。しかし書かれていたのは『盗賊がいるらしいから』。人の手による可能性が更に高まった。人の足跡ならば、この村の住民のであれば不自然ではない。
「マサくんのせいじゃないよ。俺も抜かってた」
「だな。まあどこかに獣の足跡がある事を祈ろうぜ」
「ですね。あと、もう一つ。依頼書には『盗賊』と書かれていますが、先ほど述べた様に盗賊なら効率よくするには『人質を取って』『村全体を脅しにかける』。その方が収穫も間近なのだし自分たちも楽できる。その意見にお二人の意見は相違ないですね?」
「ああ」
「そうだね」
「…………厄介な事になりそうですね……」
やっぱり嫌な事が出てきそうで仕方がない。それが顔に出たのか、二人はまあまあと窘めた。
「嫌だっていうお前の気持ちもここまでくれば分かるがな」
「逆に言えば、マサくんが言っていた通りだよ。此処まで来たら他の冒険者に何かあるかもしれない。それは夢見が悪いよ」
「…………では、村全体が容疑者ということで異存は?」
「「ない」」
マサの確認に、二人ははっきりと応えた。
「大体、奇妙すぎる」
「振り返れば盗賊が荒らしている『らしい』っていう時点でね」
「そうですね。……あの、逆にこういうことがあるのかという確認なのですが」
「何だい?」
「盗賊たちによる『冒険者狩り』ってあったりするんですか?」
マサの問いかけに、二人は目を見開き足を止めた。それに倣ってマサも歩みを止める。
「……マサ、それビンゴかもしれねぇぜ?」
「儀式として贄を出す村とかも珍しくない。けれど村から出すのは当然気が引ける。成程、そういう考えもある」
「………………」
盗賊やら山賊が相手で敬譲品を渡すという意味でマサは問いかけたのだが、まさかそんな答えが出てくるとは思わなかった。成程、確かに飢饉等に困っている時贄を出すというのはある事は知っている。だがそれがこの村の形態に繋がるかもしれないという考えは思いつかなかった。
「冒険者から何かをとってもあまりお金にならないし、贄って言っても効果があるとは思えないのですが……」
「まあな。でもあるのも事実だ」
そう言われては何も言えない。まさか本当にそんなことが起こりえるとは。先頭に手慣れた冒険者に対して良く対応できるものだ。
「因みにこの依頼、受ける人って私たちが初めての人物でしょうか?」
「ネルの話だと依頼が出たのは半月前のはずだ」
「マサくん、依頼書をもう一度確認しよう。出してもらってもい?」
「はい」
可能性の話ではあるが、マサの疑問が一気に答えを導き出したような動きへと変った。空間魔法を使い、改めて依頼書の確認を取る。
日付はポールの言った通り半月前。依頼したことがあるのは一人もいない。つまり自分たちが初めての請負人となる。
「……現地調査をもっとしておくべきでした。そうすればもっと早くにこの違和感に気付けたかもしれないのに」
「いや、それでもお前の考えが導いてくれた一つの答えだ。それにまだ完全にクロと決まったわけじゃねぇ」
マサの言葉にポールが背中を軽く叩く。
「マサくん、村全体に探知魔法をかけられるかな?山の結界は解除してくれて構わない」
「分かりました。では総意でそっちの路線で責めるという事で宜しいですね?」
「おう」
確認を取った後、マサは二人の言う通りに村全体に魔法をかける。そしてふと思いついた。
「……あの、もしよければ今試してみたい魔法があるんですけれど……」
「ん?どうした藪から棒に」
「やったことないのでうまくいくか分かりませんし、場合によっては全員で頭を抱えることになると思うのですが……探知と一緒に、聞き耳魔法、使ってみても?」
「ん?」
「聞き耳魔法?」
マサが出来る限り分かりやすく説明するが、存在自体がないしオリジナルの応用魔法だ。だが試してみるのも一手という事で、マサは続ける。
「あの、普通の魔法に壁越し、もしくは家全体の会話を聞き取る魔法があるのですけれど……」
そこまで話せば、二人も気が付いてくれた。
「村全体に、か?」
「うん。魔法力については自信がある。ただ、村とはいえ大規模範囲はやったことがないのでうまくいくか分からないし、先ほどお伝えしたように……うまくいけば村人全員の話声が聞こえて何を言っているのか分からなくなるし、聞こえすぎてしまう可能性もある」
「「あー」」
成程、と納得し二人はお互いの顔を見合う。そしてすぐにカストルがマサへと視線を投げた。
「でもそうするとマサくんの負担が大き過ぎない?」
「です。なので、ここからがオリジナルになるんだけれど……あの、もし二人が大丈夫であれば、ここからここまでは僕、ここからここまではカストルさん、ここからここまではポールさん、みたいなのを……」
「成程」
「そういうことか。まあ俺は正直接近戦だから耳は良い方だけれど……お前、いけるか?」
「槍も音を頼りにするときがあるよ。大人数の話声を聞くっていうのは酒場以外初めてだけれど……情報収集はその方が早そうだね」
「あ、そうか、酒場だと思えばいいのか!」
どうやら二人はコツ?らしきものを得たらしい。これなら心配いらないかなとマサは独断し、
「じゃあはじめるよー」
と勝手に魔法力の操作を始める。
「えっ、ちょっと」
「早くね!?」
小言が出たような気もするが、華麗にスルーする。まず最初に村全体へと聞き耳魔法をかける。それを魔力で分散させ、法力でそれぞれの担当部署を決めて仕分ける。少し集中力が必要だったが、自分には村の南東側が聞こえ始めた。これで二人も北西、北が聞こえていたら成功だ。
「どう?」
「急にやるなって……聞こえてる」
「ちょっと慣れるのに時間がかかりそうだね……」
「僕も初めてだから……一応、ポールさんは北、カストルさんが北西、僕が南東ね」
勿論、村の中心部……つまり村長が居る家は三人共に聞こえるようにしてある。重要人物でもあるのだから、こうする方が良いだろう。
二人は最初こそ訝し気に眉間に皺をよせていたが、邪険さが徐々に取れて行った。恐らく慣れ始めたのだろう。
(さて……)
改めて、自分も集中して話声へと耳を傾ける。
今日の天気はどうだ、洗濯物がこうだ、どうやら近々商人がくるらしい、子供の遊び声。成程、二人が最初に険しい顔をするわけだ。しかしマサも徐々に慣れていき、座禅する様に意識を集中させ居ていく。
旅の商人が隣村に来たらしい。
井戸から水を運ばなければ。
木登りやろう。
お隣さんが元気になってよかった。
森の中は危ないからね。
夕方には雨が降りそうだ。
そろそろ村長に狩りに行くことを進言しよう。
同時にまた薬草を取りに行こう。
多種多様の声が耳に届く。情報としては旅商人が来ることと病人がいたらしいことか。そう判断しかけた時、ポールがマサとカストルに小さく合図をした。
それを目にしてマサはポールが担当していた北面の会話を全員が聞けるように切り替える。
祭りの準備をしなければ。
薬草がないって言っていたから分けてくるよ。
今年はどうする。
お母さん、隣のおばさんが夕方には雨降るかもしれないって。
けれど今年は若い人たちばかりで逃げられたりするのでは。
若い、逃げる。ポールが察しただろう言葉を耳にして、マサは更にその場に居るだろう人たちの会話のみ聴取できるように魔法力を操作する。
『大丈夫だろう、あの薬はいつも効き目が良い』
『魔法使いがいるから気を付けないとな。初めに彼から動けなくさせよう』
『人質にすれば残る二人も動揺はするだろう。その隙に眠らせればいい』
『三人抱えて祠まで運ぶのか。少し骨が折れそうだ』
『なあ、本当に五十年に一度のしきたりに従う必要なんかあるのか?』
『何度も検証しただろ?』
『そうそう、実際贄を出さなかった時は悲惨だった様じゃないか』
『日程は何時だったか』
『三日後だ。晴れが続くのであれば準備も急がずに済んだが、夕方から雨が降りそうだぞ。準備に取り掛かるなら早めの方が良い。どうする?』
『三日後に間に合えばと思ったけれど……致し方ないか、三日間で死ぬことはないだろうし今夜にでも動くか』
「マサ、よくやった」
「お手柄だよ」
会話が取り纏まった頃合いを見て力を少し抑えれば、ポールとカストルから肩を叩かれた。
「いや、まだ大本を叩いたわけじゃない。話通り今夜、しかも僕を最優先にして動き始めるなら…………あー…………利用する?」
「危険じゃな………いか、お前なら」
「ポールに賛同するのは常識的にどうかと思うけれど俺も同意見に至ってしまったな」
ふと思いついたことをそのまま口にした。祠に運ぶ等言っていたし、決行が今夜ならばその祠を調べる時間もない。だったらこのまま囮になってしまった方が手っ取り早いと思っての発言だ。
二人は一瞬考えるそぶりを見せたが、苦笑をうかべて直ぐに頷いた。
「でも簡単にはさせないつもりだよ」
「だな。ちょっと抵抗した方がらしいからな」
「うん、賛成。二人には防御法力と……あと僕の後を追えるように追跡魔力をかけておくから」
了解、と二人からの返事を耳にして、それじゃあと具体的な段取りを始めた。兎に角三人が倒れ、その祠とやらに連れていかれるのは一人ずつの可能性が高い。もし三人同時なのであればそれはそれで楽なのだが、祠の広さ等を考えるともしかしたらカストルは武器の意味合いで前衛に出にくいかもしれない。その様な時の為にカストルには魔法石を渡して補助をお願いすることにする。
基本的にはポールが前衛、マサが後衛、カストルが中衛という形をとり、もし広さがあれば獣に襲われたときの連携で、という形になった。
マサもカストルも荷物から使えそうなのを選別し、ポールに確認を取ったり自分たち様に隠し持つようにする。
そうしてよし、万全を期したと皆が納得、けれども油断大敵だと話し終えた瞬間だった。
マサがピクリと反応し、振り向いた。次いでバシン、とはじかれる音がして防御結界に何かが当たった事を知る。マサが向いているのは村に隣接している森の方。ポールとカストルも瞬時に武器を構え、そちらを睨みつけた。
「マサ」
「何かの魔法が当たった。会話は聞かれていないはず。森の中、場所は向いている方。多分数名はいると思うし、僕の結界で慌ててると思う」
「おいおいおいおい、もしかして読唇術か気配かで気づかれたか?」
「可能性あるね」
短く会話し、警戒を強める。すると森の茂みが揺れた。
「…………お強いのですね」
「自負しております」
出てきたのは村人の一人、確か村長の傍らにいた男性だ。
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