帰る家とは

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「成程。そのようなご事情でこちらにお顔を向けて下さったのですね」 「僕だって魔法使いです。このようなお店があるとも知らずに過ごしていたなんて、勿体ない事をしていたのですね」 事情を説明すればオルタンスは嬉しそうに微笑みながらキルレインドナを見つめる。キルレインドナももう取り繕いはせず、自然体でお茶を飲みながら会話を楽しんでいるようだった。 「でも今回の外出でお気づきになられたでしょう」 「今後も出かければいいだろう、なあ坊ちゃん?」 「そうですね、お二人の言う通り、可能な限りここへ来たいです」 エワンダとオリヴァーも先ほどのような態度はとらず、優雅な時間が過ごしていた。どうやら今回はこの魔法具店ですべて終わりそうだった。 それもまた良いだろう。何度も城下町へと足を向ければ良いのだから。 「……お二方は」 そこまで来て、オルタンスはカチリと紅茶を置きエワンダとオリヴァーを見つめた。その眼差しは真剣そのもので、何事かと皆が見つめる。 「失礼ながら、お二方の名前はこんな老いぼれでも得ています。どのような人柄であるか、どのような趣向をお持ちか。しかしそれはあくまで『情報』としてだった……この奇跡的席を設けさせて頂き、漸く私も納得がいきました」 二人も自分たちが有名人なのは自覚している。その為、今日は多少髪型を変えたり服装をいつもとは違う形のものを選んだりとして工夫している。だがそのような話ではないのは分かり切っている。自分たちが、恐らくこの老人に試されていたと。そして、その答えが出たのだと。 「お二方とも、キルレインドナ様に『変装の魔術』をお頼みしてみて下さい」 「え」 「は」 「……返送?」 「いいえ、キルレインドナ様。お考えの魔法は私の言っているものとは異なりますよ。変装、つまり変化の術です」 「……ああ、成程。今後は外見を変えれば良いという事ですね」 「そうでございます。キルレインドナ様の魔術の特訓にもなりましょう。何が起こっても変化の術を解除させないという特訓です」 「了解しました。今後行います。二人とも、良いですか?」 トントン拍子に会話が進み、当の本人たちは少し追い付けなかった。キルレインドナに顔を向けられてから、二人は漸く反応した。 「待ってください、それでは魔力を使い続けるということで、キルレインドナ様にもご負担が」 「そりゃ便利そうだが……それは気が引けるな」 「何を仰っているのですか。彼は『キルレインドナ』様なのですよ?」 それを口にした途端、オルタンスの口調がぴしゃりとしたものへと変わった。雰囲気も変貌し、思わず反射的に身構えたいのを我慢する。 「あなた方は『キルレインドナ』がどのようなものか、まだ良く分かっていらっしゃらないのですね。逆にキルレインドナ様は魔法を使わせないと体調を悪くします」 「「えっ」」 「…………あれ、言っていませんでしたか?」 それにきょとりと反応したのはキルレインドナだった。 「「キルレインドナ様!?」」 「そこまで大袈裟にしなくても大丈夫ですよ。適度に魔法を放っていたので、二人が知らないのも無理はなかったかもしれませんね」 「キルレインドナ様の魔力、法力は共にこの国どころかこのアラン大陸を荒野に出来るでしょう。そのような力をこの小さな身体で背負われていらっしゃるのです。放出しないと力が体内で溜まり、そのままでは命の危険も」 「「キルレインドナ様!!」」 今度は確認の為ではなく、叱る為に声を荒げた。 そんな重要な事、気付かなかったオリヴァーもオリヴァーだがそこまでだとは誰が考えようか。 「何故もっと早く仰って下さらなかったのですか!?」 「明日からでも実演訓練の指導に入ってください、お願いします!気付けなかった事は謝罪いたします、不敬による罰も受理いたします、ですからそのような事は……!」 想像以上に荒ぶる二人を見て少年は若干慌て、老人はその様子を見て静かに紅茶を啜った。 「待って下さい、二人とも。僕はいつ何時狙われるか分からない、だから小さな魔法探知を発動させていました。法術は食事に放っていましたし、それでも足りない時は飾られた花を蘇生させたり逆に枯らしたりと行いバランスを取っていました。だから」 「恐れながらキルレインドナ様、それだけではもってあと二か月と言う処です。早急に解決された方がよろしいかと」 「オルタンス、余計な事は……」 「余計な事ではございません。キルレインドナ様、傷心の処を申し訳ございませんが思い出してくださいませ。貴方様はあの家で、どれだけの魔法の訓練をなされていたのか。今この場で申し上げていただけますか?」 言われキルレインドナはぐっとつまり、一つひとつ、ぽつりぽつりとつぶやき始めた。その技の強さを耳にして、オリヴァーはふらりと与えられていた椅子から崩れ落ちそうになる。隣に居るエワンダなども、聞いたことがある強大な魔法の数々に顔を引きつらせていた。 「あとは……そうですね、浄化結界もこの国全体ぐらいは行えます。それと古代魔術の『ヴァデ・レヴェルテレ」 『ヴァデ・レヴェルテレ・イン・テンポーレ』ですか!?あんな魔法まで!?」 「た、対象はそこまで大きくないですよ?」 「行えるだけで素晴らしいのですから、キルレインドナ様はもっとご自身の事をお話してください!私いま感激していますよ!?」 「そ、そのようですね……」 キルレインドナの言葉を遮り、立ち上がり叫んだオリヴァーを横目に話が唯一ついていけてないエワンダはオルタンスに声をかける。 「どういう術だ?」 「時間を戻す術でございます。対象はそれぞれですが、枯れた花を芽吹く前の種へと戻したりするといえば伝わりやすいでしょうか」 「うえ、そんなものまで存在するのかよ……」 「まあ、古代魔法でもありますし、今はアラン大陸全体で禁止されております。……ロットワンド家以外は」 「……ふぅん?」 その言葉は、暗にキルレインドナの……否、この場合はロットワンドだろうか……それの様々な危険性を伝えていた。 「宜しければまたご来店くださいませ、レイン様、エワンダ様、オリヴァー様」 そうやって恭しくお辞儀をしたオルタンスに挨拶の言葉を交わし、三人が店外へ出た頃には城に戻らなければならない時間帯だった。馬車を待たせてしまっており、キルレインドナはそれを少々気にしているようだった。 「大丈夫ですよ。多少時間にルーズになるのは今のレイン様には必要なのですから」 「そう……ですか?」 「そうそう」 「エワンダ、お前は駄目だからな」 「今それをここで言うかお前!?」 そんな言葉を交わしながら出店していくその後ろ姿を見て、オルタンスは瞳に影を落とした。恐らく、このままではこの国は内戦が行われてしまうであろう。 王族側と、ロットワンド家側と。 そうなれば自分はロットワンド家へとつくのも見える。が、しかし、今のキルレインドナがそれを望むものなのか。それを考えると眼がしらに水がたまる。 そんなものは、彼は望んでいないはずだ。何も知らぬ子供を道具のように操るこの国家は、終わっている。 「…………」 どうか、彼らに幸先を。 そう思う事しか、オルタンスは出来なかった。 「とても楽しめました……」 馬車に揺られながらキルレインドナはほうと溜息を吐いた。恐らく疲れたのであろうその様子に、エワンダとオリヴァーは笑みを返す。 「そうでしょうとも」 「旧知の仲の人間にも出会えたんだ。良かったですね、坊ちゃん」 「はい。ありがとうございました……」 そこまで言うと、キルレインドナの瞳がうつらうつらと揺れる。その様子にエワンダはキルレインドナの頭を撫でた後、無理やり己の膝の上へとキルレインドナの頭を寄せた。 「わ」 「坊ちゃん、膝枕って知ってます?こんな風に、他の人の足を枕にして一休みする事なんですよ」 「王宮に戻るまではまだ少しかかります。暫しお休みくださいませ」 「……え、でも」 「もう限界に近いでしょう?初めての街は楽しかったですか?」 「…………はい」 こっくりと頷いた少年に、今度はキルレインドナへ向けて満面の笑みを向けた。 「では、少々お休みください」 「……はい、では…………おことば、………えあす………」 オリヴァーの低く優しい声に安堵を覚えたのか、はたまたエワンダの膝のぬくもりに安堵したのか。そのどちらもか。キルレインドナは矢張り疲れていたらしく、直ぐに眠りへと落ちて行った。 その寝顔を確認した後、二人はすぐに真顔へと変貌する。 「どうでした?」 「吃驚どころの話しじゃないぜ。これだ」 そう言ってエワンダが取り出した小さなメモをオリヴァーは受け取り、夕日の陰に当てられながらもその内容を読んでいく。 「………これは……」 「暗に言っていただろう、情報屋もやっているって。情報を違えちゃあ情報屋はやっていけねぇ。あの爺さん、タダ者じゃないと思っていたがそれを超えてきやがった」 「…………事実であれば、このままでは内戦が起きかねないですね」 「だろうな。で、どうするよ」 「どうするとは?」 「このままキルレインドナ様の感情を蘇生させる(・・・・・・・・・・・・・・・・・)かどうかに決まっているだろ。陛下の密命だぞ。だがこれでは無下に出来ない」 「…………あなたという人は、本当にまどろっこしいですね。そう言いながらも考えがあるのでしょう?」 「もちろんだ。だが、それを行うには坊ちゃんの意志が必要だ。こんな子供をこの歳でこの国に縛り付けるのか?」 「だが現に王族はそうですよ」 「そうだが……っ」 「しぃ、起きてしまいます」 言われエワンダは声のトーンが大きくなりつつあることに気が付き、そっとキルレインドナの様子を伺う。だが本人も珍しく自身の事を認めた様に、本当に疲れているのだろう。起きる気配は幸か不幸か無かった。 「……俺はもう、わからねぇよ……陛下に仕えている。密命も頂け程信頼を得た。それも誇り高く捉えてる。坊ちゃんは最近になって漸く表情を動かし始めてくれた。まるで我が子だ。だが、この国がそれを良しとしない」 「それは私にとっても同意見ですよ。覚えていますか?勅命を受けた時の陛下のお言葉を」 「ああ。……まさか、こんな意味になるとはな」 言って二人が思い出すのは、密命を受けるその瞬間だった。 『ロットワンド家は特別すぎる。かの子供も名を持たぬ。それがどういう意味か、分かるか?』 今なら分かる。『クロスクル王家』と『キルレインドナ・ロットワンド』が衝突する恐れがあるという意味だったのだ。しかし、陛下は『望むは』と続けた。少年の感情を蘇生させ、選ばせよ、と。少年も突如として放り出された子供そのものだ。しかも世間知らず。それは赤子も同じこと。キルレインドナは爆弾を抱えた、赤子だ。出来得るならば双方の意見を尊重したい。だがしかし、国民……特に貴族はそれを良しとしない。 陛下に近しい人間は陛下と同意見と考えてもいいだろう。しかしここは軍事国家だ。キルレインドナはそのまま兵器として使えるだろうという意見と分裂している。その双方の意見を持つ貴族のリストが、その小さなメモにぎっしりと詰まっていた。 ぎっしりと、だ。 そして、最悪な事にキルレインドナを利用する方に賛同する者がほとんどときた。 『キルレインドナ様はその気になればこのアラン大陸を魔術と法術で壊滅させる事が出来るでしょう』 先ほどのオルタンスの言葉が脳によぎる。再度確認のように言ってきた言葉に、彼の声は低かった。そして、重かった。彼にもわかっていたのだろう。この国の現状を。 今は表面化には出ていないが、このままでは先にキルレインドナをめぐって争いが起こる。このまま傀儡で居させるかどうか、人間として育てるか。そして第二にこの国に置いておくか否かだ。 陛下の考えでは自由であれ、と希望している。それは友人の子供でもあり、国民でもあるからだ。それは唯一、国王陛下という冠を持たぬ人間が訴えた言葉。陛下の言葉とあれば、傀儡のまま縛り付けていただろう。だが、それが出来なかった。その時点で、分かれ道は生じてしまっていたのだ。 「エゴだ」 「……口が過ぎますよ、エワンダ」 「お前も同じ考えなのだろう?」 「……」 オリヴァーは何も言わずにそのまま無唱で小さな火を出すと、そのメモを燃やした。はらりと散った灰は途中でばらけて消え、ふと外を見やる。 外には自宅に帰るだろう人たちでにぎわっていた。笑顔もあれば疲れた様子の顔もあり、これから飲みに行くのだろうか、そんな集団も見かけた。 「…………陛下にお伺いを申し立てましょうか」 「陛下の意志は変わらないだろ」 「……そうですね、今のは聞かなかった事にしてください」 そうつぶやくと、二人は小さく息を吐く。そうして、お互いを再度見合った。 「私は」 「俺は」 同時に口を開く。どうやら一緒に居る事で、自分たちの仲もより深まったようだった。小さく笑い合い、エワンダから開口する。 「俺は、陛下も坊ちゃんも護り通す」 「私も同意見です。……これ以上の危険分子が生じないか、それを徹底的に把握しましょう」 「そのためにもあの魔法具店には厄介にならないとな」 「そうですね。レイン様の為にも」 二人は気付いていない。キルレインドナは想像以上に賢い事に。そして、恐らくそのような状態になりかねないと理解していることに。更に、自分は何があっても王家へと使えようとすでに心に決めていたことに。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 翌日、キルレインドナは魔法訓練場に居た。 「第三部隊以下に告げますが、全体的に集中力が足りていません。私やオリヴァーが居る事は忘れてください。そうでないといざという時後方支援の意味が機能しなくなります」 「「「はい!」」」 「第二部隊はさすがですね。合格です。ですが力の無駄な放出が見受けられます。もう少しコントロールできるように、例えば水魔術を使って五分以内に真ん中まで器を満たすなどというような訓練を行って下さい。基礎は大事です」 「「承知しました!」」 「第一部隊は文句なしですね。矢張り鍛えられているだけあります。ただ、そこの貴方……失礼ですが、もしや昇格したばかりですか?」 「自分、でしょうか?その通りです」 「では、貴方も第二部隊と同じ様な訓練を。若干乱れが生じています。完璧をこなしたいという気持ちも分かりますが、私たちは冷静に、落ち着いて行きましょう」 「精進いたします」 「とんでもございません。では休憩に入りましょう。オリヴァー、あとはお願いしますね」 「畏まりました」 それぞれの部隊にアドバイスを出したキルレインドナはそのまま後方に控えているエワンダの処へと身を下げる。耳を訓練兵の声に傾けながらそれを確認した後、オリヴァーは前へと進んだ。 「結構きついな……」 「だが基礎だからな。これをマスター出来れば全体の安定も図れる」 「しかしロットワンド様直々にとなると、やっぱり緊張するなぁ」 「でも魔法に関してはあの方に勝るものはいない。これは名誉なことだぞ」 「あんな子供だったとは思いもしなかったがな」 「だな。冷静に見分けていたし有難いが……これ、新しく入ってくる奴らが居たらきちんと指示に添えるかどうか不安だな」 「だな。その際には俺たちの時みたいにロットワンド様に実演を見せて頂くぐらいしか方法はないか?」 「そうだな。後は俺たちがきちんと指導できるかどうかだ」 「うへぁ」 そんな声が聞こえてくる。オリヴァーは漆黒の髪を揺らすと、すっと息を吸い込んだ。今いるメンバーでキルレインドナに反旗を催しそうな人間はいないことに安堵しつつ、声を上げた。 「では各自昼食を採りましょう!午後はキルレインドナ様がおっしゃった訓練を、第一部隊は隊長に訓練内容を任せます!」 「「「はい!」」」 その声を聴いた部隊は颯爽と昼食を求めて合同食堂へと向かう。その中で、オリヴァーは探し人を求めその集団の中へと入る。 「ルイ隊長」 「ん?ああ、オリヴァー。精進しているようだな。どうだその後は?」 己の本来の上司に声をかけ、オリヴァーは第一部隊長の処へと小走りに近づいた。 「変わりありません。ただ、そうですね……ルイ隊長も危惧している事に頭を抱えております」 「ほう……」 その言葉に、ルイと呼ばれた初老の人物は伸びた髭を撫でる。これはオリヴァーの独断ではあったが、この人物ならば理解してくれるだろうという気持ちで胸は埋め尽くされている。 「今度お食事を共にさせて頂きたく存じます」 「良いだろう、今度の休暇は何時だ?」 「四日後ですね」 「丁度第一部隊の休暇日でもある。前日の夜でも?」 「構いません。では、終わりましたらお声をかけさせて頂きます」 「ああ、待っている」 その会話を終わらせて、オリヴァーはキルレインドナの処へと向かった。じっと自分の後姿を見つめてくる団長の視線を受けながら。
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