嘘と祈り、或いは煩悩

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俺はこの四月の始め、職場の人事異動に伴い、この街へと引っ越してしてきた。 人事異動の話が持ち上がったのは二月も下旬の頃だった。相当に急な話だった。そのことを当時交際していた女性に打ち明けたところ、彼女からの連絡は唐突に疎遠なものとなってしまった。転勤前の残務処理に忙殺され、結局は会えぬままその地を去ることとなってしまった。引っ越し間際に何とか連絡を入れたものの、特に説明も無いままに別れを告げられた。そして彼女は言い放った。もう、連絡も寄越さないでくれ、と。急に別れを告げられたことに思い当たる節など有る訳も無く、釈然とせぬ思いを抱えたまま追い立てられるように引っ越しをし、そして、ここ数日を過ごしてきた。今日になって急に桜を見ようと思い立ったのも、一人で部屋にいると、その思いばかりに心が囚われ、気が滅入ってしまうこともあった。また、月と桜が美しいこの夜、何か劇的なことでも起きないものかと心の何処かで夢想もしていたのだろう。改心した彼女が連絡を寄越して前非を詫び、そして、再び交際を求めてくるといった、いわばドラマチックな展開などが桜舞い散るこの月の夜に起きてくれないものか、などと心の何処かで願ってもいた。 だが、そんな都合の良いことなど起きる訳は無かった。甘い夢など叶えられるはずも無かった。夜桜の下で独りラーメンを啜っていた女性。その彼女が語った話、それは俺に諦めを突きつける刃のようなものだった。結局のところ、俺自身、先程のラーメンを啜っていた女性の別れた婚約相手と大して変わるところは無かったのだろう。自己肯定感を一方的に補償してくれる関係性を相手に求める、それは、私自身も似たようなものだった。残念なことに、思い当たる節は多々有る。その女性の話を聞いていると、自分自身が糾弾されている、そんな思いだった。 ただ、私の中で思い切りは付けることが出来たような気はする。別れを切り出された理由に納得が行ったこと、それは辛くもあった。過ぎ去った日々の中での自分自身の言動、それらは後悔と反省の色を帯びつつあるし、それはこれからも俺の心を苛むことがあるのかもしれない。でも、恋々と拘ることは、もう止めよう。そう思える自分がいた。心なしか背筋も伸びたような気がする。 海辺沿いの遊歩道を出、背に潮風を受けつつアパートへの道を歩む。心中、あのラーメンを啜っていた女性に感謝しながら。 これはこれである種、劇的な展開とも言えるのかも知れない。 桜の下で独りラーメンを啜る女性。そんな彼女に救われた夜。 今にして思い返してみると、相当に魅力的でもあった。この近所に住んでいるのだろうか、恐らくはそうだろう。 もし、次に会うことがあったらお礼を言わなければ。その時は、いっそラーメンにでも誘ってみるか。 立ち直らせてくれたお礼として。 思わず、足取りが軽くなる。
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