嘘と祈り、或いは煩悩

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取り出した茶色の丼の中に、ジップロックから取り出した麺を入れる。褐色を帯びた、太めのゴワゴワとした麺だ。水筒からお湯を注ぎ入れ、箸でかき混ぜつつ麺を温める。麺が柔らかさを取り戻したところで、箸で麺を押さえて丼からこぼれ落ちないように注意しつつ、丼を傾けお湯を近くにある植え込みの根元の土の部分へと静かに流す。続いて別の水筒の蓋を開け、麺の上からスープを注ぎ入れる。力強さを感じさせる醤油、そして脂の匂いとが周囲に立ち籠める。茹でモヤシを取り出し、麺の上へと盛り付ける。自分で準備しておきながら、その量は相当に多かった。果たして食べきれるだろうかと我ながら不安になってしまう。最後に分厚い叉焼を盛り付ける。鶏卵ほどの大きさのゴロッとした叉焼だ。二切れを丼に盛る。仕上げは大蒜だ。小さなタッパーをトートバッグから取り出す。その中には細かく刻まれた大蒜が入っている。スプーンで刻み大蒜を掬い出し、モヤシの山の上へと載せる。ようやくラーメンが完成した。 出来上がったラーメンをお盆の上に載せ、そのお盆を太ももの上へと載せる。 潮風がふわりと私とラーメンを包み込む。 醤油、そして脂の香りが夜の空気の中へと溶け込んでいく。 その空気はやや湿り気を帯びている。 予報通り、明日は雨なのだろう。 潮風はふわりと桜の梢を揺らす。 薄桃色の花弁がハラリとモヤシの山の上へ舞い落ちる。 ラーメンを前にして、私は手を合わせる。 男性にした話、それは確かに嘘に満ちたものだった。でも、私自身の経験もそれなりに含まれたものでもあった。 食事中に話し掛けて来られたことは鬱陶しかった。 話した内容は嘘に満ちていた。 けれども、自分の話に真剣に耳を傾けて貰えたこと自体は嬉しくない訳ではなかった。 そのためもあってか、最後に少し余計なことを話してしまった。 恐らくは一般的なものとは言えない、私自身の気持ちを。他人の弱さを受け入れられないこと、それは私の欠点なのだろう。 だからこそ、こんな場所で独りラーメンを啜っているのだろうけれども。 普通に無神経で、普通に自分勝手で、普通に弱くて、そして普通に優しい普通の貴方。 そんな貴方の幸せ、それを私は祈る。 この一刻だけは。 祈りにどんな意味があるのかは知らないし、祈りは果たして人に幸せをもたらすかなんて知らないけれど。 ゆるりとした潮風が吹き抜ける。 潮の香はラーメンの湯気と混じり合い、醤油や脂、そしてニンニクの匂いと共に私の鼻孔を擽る。 割り箸を手に取り、注意深く力を込める。パキンという小さな音が響き渡る。スープを纏った茹でモヤシを箸で掴んで口へと運び、噛み締める。シャキシャキ感を残したモヤシの仄かな瑞々しさとスープが纏う脂の風味とが絶妙なコントラストを醸しているようだ。叉焼を箸で掴み、口へと運ぶ。ガブリと齧り付く。甘辛い醤油の味が良く染みた豚の脂身が口の中でプルプルと蕩けていく。茹でモヤシの山の下から麺を引っ張り出し、口へと運ぶ。力強い醤油の風味と濃厚な脂の旨み、それらを湛えたスープをふんだんに纏った極太の麺は、噛み締めれば口の中で踊るような食感を与える。レンゲを手に取る。スープを掬い、口に運ぶ。スープを啜り込む。ズズズッとした下卑な音が響き渡る。可憐なる桜が咲き乱れる月の夜には全く以て不釣り合いな、まさしく煩悩の音だ。 桜の樹の下にドラマなど転がってはいない。 例え月が冴え冴えと輝く夜であっても。 そこに在るのは嘘、 そして、冷え冷えとした祈りだけ。 或いは、煩悩。
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