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 トヨ姫様の手には、先ほど雪子様に差し上げたブッセと同じ物がある。彼女はしげしげとブッセを興味津々といった様子で眺めている。 「今日は、卵黄とクリームチーズをたっぷり使ったビスキュイ生地に、クリームチーズとカスタードクリームを合わせたクリーム。そして、こちらで用意してもらった『泣き葡萄』を挟んだあと、一回冷凍しました」  俺が隙魔界でお菓子を作るとき、ここで採れる果物を使うルールがある。泣き葡萄は、人間の世界から染み出る悲痛な気持ちがこもったおどろおどろしいシロモノで、生気に近い美味さがあると聞く。  毎回味見はするものの、人間の自分だと気持ちが悪くなって、ひとかじりするのが限界。  それほどに、こちらと、あちらの食べ物は違うのだ。  ただし、俺が使う小麦粉やらクリームやら(人間界で調達するらしい)は雪子様やトヨ姫様には毒ではない。ちょっとずるい。 「泣き葡萄! そのまま食べるだけよりも格段に美味しいです!」  にこにこと先ほどと同じ供物――泣き葡萄のブッセをほおばるトヨ姫様は、先ほどの冷徹な姫と同一神(?)物とは思えぬほど、のんびりとした様子だ。彼女を眺めていた俺は、小さなため息を吐く。 「はあ……俺の生気って、そんなに美味しいんですか?」  疑問に対し、トヨ姫様は「ええ」と頷く。  俺の作った菓子が隙魔界の住人に美味に感じられる原因は、人間の持つ生命エネルギー……生気だ。故に、雪子様が心酔しているのは、お菓子そのものではなく、俺の生気なのである。 「召しあがっていただけるのは、心底うれしく思ってます。でも……」  俺は自分の手を見つめ、うつむく。 「俺の手から菓子にしみこむ生気を、あなたがたは食べているようなものですよね? なんだか、自分の技術じゃないんで、ずるい感じというか、もっというと、俺の力じゃないんだよなって思うんです。ほら、俺、職人の出来損ないなので」  はは、と乾いた笑いが出る。  二十歳で製菓専門学校を卒業後、念願叶って洋菓子店に就職。しかし、シェフパティシエや先輩からの執拗なパワハラを受けて消耗した俺は、就職して二年目の十二月末に自殺で有名な森に来た。隙魔界への入り口とも知らずに。  するとトヨ姫は「出来損ない?」と小首をかしげた。
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