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明里は会社に復帰することを選んだ。新しい職場を探して一からやり直すことも考えたが、それはいつでもできることだった。復帰後どうしてもうまく行かず、例えばまた倒れるようなことがあってからでも転職は出来る。
課長からは欠勤がどれだけ非常識であるかをたっぷりと聞かされた。
「立花さんが急にいなくなって、本当に大変だったんですよぉ」
ポニーテール女子が相変わらず語尾を伸ばしながら明里の机に近づいてきた。手には書類を持っている。
ここは何も変わっていない。そう明里は思った。二週間しか経っていないのだから当然だが。
「そう。ごめんなさい」
睫毛を綺麗に上げた丸顔で、ポニーはにっこりする。
「でもよかったです。戻ってきてくれて。さっそく仕事の件なんですけどぉ」
「あ、私、今日は帰りに病院に寄るのでできません。申し訳ないです」
明里は笑顔も作らず、はっきりと言った。
ポニーは信じられないものを見たとでも言いたげに目をむいた。それがおかしくて、明里は思わず口元が緩んでしまった。
「……そうですか。お大事に」
怒るというよりはむしろつまらなさそうに、ポニーは吐き捨て、自分の机に戻っていった。後でボスの藤原にでも言いつけに行くのだろう。
その昼休み、明里はいつも女性社員がランチをする広場へ行っておにぎりを食べたが、誰も話しかけてくるものはいなかった。
次の日は広場に行くこともせず、自分の机で再びおにぎりを食べた。
男性社員たちは風向きを敏感に感じ取ったのか、あまり明里と関わらなくなっていった。
「女神」は明里が休んでいる間に死んだのだ。そしてその骨を誰も拾いに来ない。
今はその屍肉だけが淡々と、定められた枠の中で静かに動いている。死なない肉は、とにかく、生きるしかないのだ。
ラインの応答も途絶え、ただ一つだけ回復した機能、眠気を満喫しながら明里は帰りの電車に乗る。
まだ胃が完全に回復していないので、スイーツを買って帰ることは出来ない。
代わりにと言っては何だが、明里は母に花束を買っていくことにした。ひまわりは季節外れなので、薔薇にすることになるだろう。
薔薇は母に似合う花だった。
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