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実家に戻るという事は働くという事だった。それは母親が敷いた不文律だった。実家に戻るのなら、休職中のような療養はできない。母親のいる家で、一日中布団の中にいるなど、考えるだけでゾッとした。
すみやかに地銀を退職し、職安に行って失業保険の登録をした。
頭の禿げた中年の担当者が言うには、失業保険を受け取れるのは三ヶ月後という事だった。
三ヶ月など冗談ではない。
家には母がいる。実家に戻ると決めたからには少しでも家にお金を入れなければならないし、三ヶ月もダラダラしていては母に激高されてしまう。
明里は自分が半年間休職していたことも忘れて、とにかく毎日職安へ通い、履歴書を送った。無料の求職サイトにも登録し、ウェブでも履歴書を送った。
学生時代にはあれほど恥ずかしく、面倒で苦痛だった行為が、今では何の感情もなく行うことができる。
(やっぱり昔の私は死んじゃったんだな)
四社目の面接の帰り道、就活用の真っ黒いカバンを肩に掛けながら明里は思った。
午後三時の新橋は予想以上に人が歩いていた。皆が事務所に缶詰めになって、もっと閑散としていると思っていたのだが。外を歩く職種の人もいることを明里は思い出した。
にこやかに面接官の目を見ながら自分の事を語るなど、昔のままの自分にだったらできるはずがない。
だが安定剤を飲み、胃腸薬を飲んだ自分は何も感じない冥府の戦士だ。口角を上げるという前職で培った武器を片手に、大した労力もなく面接をこなすことができた。
昔の自分はもういない。
(「お前」もそう思うでしょ)
お前と呼ばれた自分の肉体は、特に何の返事もよこさなかった。
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