ゾンビの肉、女神の骨

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「もう、お前の面倒を見る余裕がない。別れて下さい」  智樹からラインでそう告げられた時、明里は久しぶりに美容室で髪を切っていた。  明里は目を丸くした。  何故なら自分は智樹に世話をされている気など全くなかったからだ。  智樹とは同棲していたが、二人とも自分の事は自分でやるというスタンスだった。それは明里の休職中も変わらなかった。  明里は食べられる時は食べ、食べられないときは眠り、ただ従順に薬に身を任せていただけだった。 (病気で休職している人間は、髪を切ることも許されないってこと?)  スマホの画面を見ながら明里は大した感慨もなく思った。昨夜、久しぶりに美容室へ行く事を智樹に話していた。まさか美容室にいる時間を狙ったかのようなタイミングで、ラインを送って来るとは。  明里が休職して家にいる様になってから、智樹との関係は急速に冷めて行った。  智樹は智樹で残業が多く仕事が大変だとぼやいていたし、そんな中ただ毎日寝ているような明里を見れば憎しみも積もるかもしれない。  対面する場面などいくらでもあるのに、平日の午後にラインで告げてくるなんて、こちらを憎んでいるとしか思えなかった。  半年ぶりの美容室で磨かれた髪は別人のもののようだった。春の埃っぽい風にさらさらとなびく。伸び放題だった髪を短く切りそろえる事を決意したのはラインが来る前だったが、それを予見したかのような決断を明里は気に入った。  何もかも潮時だった。泣こうと思えば泣けたのだろうが、そこまでする必要は感じなかった。見せる相手もいないのに泣くには、内的パワーが必要だ。明里の中に、今、そのような力は皆無だった。
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