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一瞬目の前が、比喩ではなく実際に真っ暗になる。
(嘘でしょ……)
明里は暗い視界で呆然とする。あまりに急だったため、便器に吐くことすらできなかった。トイレの壁に向って盛大に吐いてしまった。
明里は肩で息をしながら、明日も仕事なのにと自分で自分にうんざりする。
(どうしよう……ママに怒られる……)
母親のリアクションに対する恐怖も湧いた。
視界はまだ回復しない。
明里は便座に腰かけたまま星の舞う世界を見つめていた。少しずつ、黒い波が引くように視界が開けてくる。
それにしても口の中がおかしい。吐いた後は少なからず胃酸で口内が酸っぱくなるものだが、今夜は何故か粘っこく塩の味がした。
おかしい、昨夜の夕飯は何だったろう、そんなことを思っていると、やっと目の前の闇が開けた。
壁に付着した自分の吐しゃ物を見て、明里は息を飲む。
トイレの壁は真っ赤に染め上げられていた。
その光景を受け入れることができず、明里は混乱する。
これは一体どういうことだろう。何故トイレの壁が赤いのだろうか。
目を逸らすこともできずに明里は壁を凝視する。
暗い廊下は闇に沈み、煌々と明るいトイレだけがまるで漂流した船のようだった。
血を吐いたのだ。その事実がゆっくりと頭に染み込んでくる。
女は毎月の生理で血を見慣れているなどと言う者がいるが、そんなのは戯言だ。
明里は恐ろしくなって震えだした。
目は赤い壁に釘付けになり、知れず涙が溢れる。
後ずさりしようとして体のあまりの重さにバランスを欠き、便座から落ちてしまった。
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