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休職を止めて辞表を出すことに決め、封筒と便箋を買った。そこまでは良いのだが、問題は住居だった。
智樹と別れるという事は、もちろん同棲も解消するという事だ。一人で住むには広く、二人で住むには狭い。明里たちはそんなアパートに住んでいた。智樹が出ていくと言い張ったとしても、明里はもうあの部屋に住み続けることはできなかった。智樹との思い出が詰まった部屋だ。そこまで惨めなことは出来ない。
智樹との同棲はもちろん親公認ではない。母親には独り暮らしで通している。
休職中でただでさえ貯金はすり減っている。そこから敷金と礼金、引っ越し費用の事を考えると暗澹たる気持ちになった。
それどころか、会社を辞めるのだ。そう簡単に再就職できるとは限らない。再就職できても、また今のように働けなくなってしまうかもしれない。
一番現実的なのは、一度実家に戻ることだった。就職が決まるまでの間だけでも実家に戻れば、経済的なダメージはかなり軽減される。
(…………実家……はイヤだな)
明里はアパートに帰り、食欲がないのでカロリーメイトを食べ、まだ明るいにも関わらず布団に入った。
実家に帰りたくない理由はシンプルだった。
母親に怒られたくないからだ。
明里の母親は厳格というよりはヒステリックで、強迫的な女性だった。
世の中の規範とはまた違う、彼女の定めた善し悪しの線引きがあり、それを外れると烈火のごとく子供を叱った。
明里はいつまで経っても母親の線引きが理解できず、しょっちゅう怒鳴られていた。怒らせすぎて二週間以上無視された事もある。
子供時代の明里にとってまさに家は地雷原で、既定の枠に収まり続けていなければ安心して眠ることもできない場所だった。
そんな母親から逃げ出したくて、ろくに話し合いもせず家を出た。母親は明里が幼い頃から「この家が気に入らないのなら、いつでも出て行っていい」が口癖だった。だから明里が一人暮らしをすると言っても何の反論も無かった。
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