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しかし母親は明里の予想と全く違う反応をした。
「何言ってんのよ」
眉根を寄せて、意味が分からないとでも言う様に首を横に振る。
「待合室の子供たちったら靴履いたまま椅子に上ったり、病院なのに走り回ったり。母親もそれを叱らないでほっといてるのよ。信じられる? うちの子はそんなことしなかった」
自分だったら絶対にそんなこと許さないのに、と母は続けた。
「もし次(・)があったとしても、またアンタでいいわ」
「え?」
母親の言葉の意味が飲み込めず、明里は聞き返す。
「もし、もう一度子供を育てることになっても、またアンタでいいわ。育てやすかった」
さぁっと風が吹いて、ベッドを囲むカーテンを揺らした。
明里はぽかんとして母親を見た。母親は別段特別な事を言ったつもりなどないらしく、吹き込む風に黙って長い髪を揺らした。
アルバムを閉じると母親は立ち上がった。
「じゃあ、パパの夕飯作らないといけないから。帰るわね」
「うん…………」
「夜更かししないでちゃんと寝るのよ」
病人なんだから、と捨てセリフを残し、母親は病室を出て行った。
母親がいなくなった後も、明里は母親が言った何気ない言葉を噛み締めていた。
次があったとしても、とは生まれ変わったら、と同じような意味だろう。
母親は生まれ変わっても子供は明里でいいという。生まれ変わっても、また明里を産んでくれるというのだ。
ベッドのシーツにぽたぽたと水滴が落ちた。
明里は自分が泣いていることに気付いた。意識しだすと涙は止まらず、後から後から湧いて出てくる。
明里は両手で顔を覆った。漏れそうになる嗚咽を必死に噛み殺した。
「育てやすかった」と母親は言った。それは明里がただひたすらに努力してきたことではなかったか。母親に怒られないように。母親の負担にならないように。
けれどそれはうまく行っていないと思っていた。母親はいつも不機嫌だった。
本当はそんな枠にはまり続ける自分を変えたいとも願っていた。
にもかかわらず、育てやすかったなどとバカにされているかのような一言で、報われたと感じている。
通じていた。通じていたのだ。
明里の努力は、愛されたいという思いは、母親への愛は、間違いなく通じていたのだ。
「あぁ!」
明里はベッドに倒れこんだ。腕に付けたままの点滴の管がぶらぶらと揺れた。
何の個性もない殺風景な天井を見つめる。
明里にとって母親は魂に冷風を吹き付ける怖い存在のままだ。それでもなお、明里はひどく単純に、そして素直に思った。死なないでよかった。生きていてよかったと。
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