一匹狼と騒がしいキノコたち

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その時、とある異変の兆候に気づいたサルノコシカケ爺さんは真っ青になった。 爺さんが真っ青になってガクガク震え出すのを見た、物知りフクロウは、ハッと空を見上げた。 満月だったはずの月が、少しばかり欠け始めていた。 物知りフクロウは、大きな目をギラギラさせながら森の仲間たちに説明した。 「皆の衆。よーく聞け。今宵は皆既月食である。太陽の光を浴びて煌々と輝いている満月は間もなく地球の陰に姿を隠し、完全に見えなくなるのじゃ。その、束の間の暗闇に支配された時間、太陽と月に挟まれた地球の磁力エネルギーは鋭く張り詰める。万が一、その瞬間、絶妙に磁力を揺るがす波動が生じると天地のエネルギーバランスが崩れ、地上に生きるすべての命は、大自然の均衡を保つために撹拌(かくはん)されるのじゃ。バベルの奇跡が起こるのじゃ。」 「つまり、どういうことですか?知識のない私たちにも、よくわかるように、簡単な言葉で説明して下さい。」 フクロウの説明に首を(かし)げて聞いていた若い山鳩が、そう尋ねると、森の仲間たちは皆うなずき、興味津々にフクロウを見つめた。 フクロウは、みるみる欠けてゆく月を見上げながら声を震わせ説明した。 「つまりじゃ。もし月が完全に消え、森が暗闇に包まれた瞬間、あの一匹狼カルムが現れて遠吠えしたならば・・・我々の魂は、それぞれに相応しい身体を求めて入れ替わってしまうのじゃ。カルムは、ただの狼ではない。千年以上この森に生きるカツラの巨木が言うには、千年前、既にカルムは、この森を(まも)っておった。それから何度となく皆既月食があった。皆既月食の夜には必ずカルムが現れる訳ではない。世の中が平穏な時代にはカルムは現れず、世の中が乱れてくるとカルムは現われ、皆既月食の瞬間に神秘の遠吠えをなさるのじゃ。それはバベルの奇跡と同じこと。バベルとはヘブライ語で「balal(ごちゃ混ぜ)」という意味。バベルの塔の伝説では人間の奢り高ぶる心を戒めるため『言語』がごちゃ混ぜにされた。それでもなお人間ばかりか命あるものすべてが自分だけの刹那的な利害に捉われ、世界を見ようとしなくなった時、カルムは現れたのじゃ。地球の未来のために生きとし生けるものの魂に、バベルの奇跡が(ほどこ)されるのじゃ。」 フクロウは、黒々とした液体を滴らせながら欠けてゆく月を見上げているヒトヨダケのそばに寄り添って、声高らかに、こう話を締めくくった。 「公平なゲームを行うためにトランプのカードをシャッフルするように、地球のすべての命あるものたちが、それぞれの (スピリット)相応(ふさわ)しい器に収まることを目的として魂はシャッフルされる。今宵(こよい)カルムは必ずや現れる。皆の衆、覚悟致せ!」 体の大半が溶けてしまったヒトヨダケは希望にあふれた喜びの涙声で小さく叫んだ。 「魂のシャッフル!なんて素晴らしい!まさに待ち望んでいた希望だ!これ以上の希望はない!ああ早く、早く来ておくれ。一匹狼のカルム様!」 サルノコシカケ爺さんは、ドクツルタケに鋭い視線を浴びせて言った。 「おまえさんのように百害あって一利なしの魂は、何に宿るだろう?あははははは・・・さんざんコケにして来た今まさに消え果ようとしているヒトヨダケにでもなるがいいさ。ま・・・それはワシとて同じかもしれぬがな。ワシも、何の努力もせずただ長々と生きてしまった。皆のために役立とうともせず、自分の平穏を守ることばかり考えておった。情けない話じゃ。」 ようやく事の次第を理解した森の仲間たちは、それぞれの生き様を振り返り、泣いたり騒いだり大騒ぎになった。
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