141人が本棚に入れています
本棚に追加
微妙な静けさを打ち破ったのは私。
『…しないの?』
これは不安感からだったように思う。
身体を求められないと、自分の存在価値を分からなくなってしまっていたのかもしれない。
それほどに、私にとって「男性は女を抱きたいもの」なのだ。
照明は落とされ、矢野の輪郭が不鮮明になる。
馬鹿げた質問をしてしまったことにドキドキしながら、彼の言葉をジッと待った。
するとゴソゴソと布団の擦れる音がして、影がゆらりと私を覆った。
矢野が身体を起こしたのだ。
静かな衝動に身体が震える。
息がかかるくらいの距離感で、耳に届いたのは矢野の声。
「キスだけ、していい?」
質問に、質問で返さないほしい。
だって矢野の真意が全然読めない。
『聞く?そんなこと。』
私も私で誘うみたいな受け答えをしてしまったのは、強がりからだろうか。
キスというキーワードごときで、何をこんなに動揺しているのだろう。
それほどに、心臓はバクバクと期待と不安を含めた動きを見せている。
『…っ、』
OKサインを出したのは私。
伸びてきた男の手が頬をするり、撫であげてそこから熱がじんわりと広がる。
それを合図に目を閉じて、角度をつけたキスに応じた。
応じてしまったのだ。
この瞬間、矢野と私は弱みを握られた同期の関係から、秘密を共有する相手になってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!