141人が本棚に入れています
本棚に追加
***
休日が明け、なんの変哲もない月曜日が訪れる。
『おはようございます。』
「おはよう。」
自分のデスクに荷物を置くと、少し遅れて有馬さんが出勤してきた。
周りの目もあるこの場において、私たちは何も特別なものではなく、一上司と部下へと擬態する。
有馬さんは他の室員たちへも同じ温度で挨拶をし、席につきパソコンの電源を付けていた。
これも、極々ありふれたいつも通りの光景。
それなのに、少し心が騒がしいのには、別の要因がある。
「おはようございます。有馬さん、この後お願いしてた新企画の打合せ、変わらず9:30からで良いです?」
種はこの男、矢野薫の存在だ。
不意打ちの矢野の声に、身体の芯がドクンと唸った。
有馬さんと矢野が一緒に視界に入ってきてしまう。
何故、朝一にこのツーショットを拝まなければならないのだろう。
「その予定してるよ。あ、世良さん。急なんだけど9:30から空いてる?次の企画任せようと思ってて。好きでしょ?オフィス家具。」
不意打ちで呼ばれたのは、出来る限り気配を消していた私の名。
パッと顔を上げると、2人の男の目がこちらを捉えている。
『えっ、ありがとうございます。』
嬉しいことだ。本来であれば、物凄く。
しかし手放しに喜べないのは、私が培った表に出せない人間関係のせいだ。
「同期だし楽しいでしょ。2人とも今まで先輩とばっか組んでただろうし。」
『矢野のお尻叩く係か〜、とか言って。嬉しいです。』
必死に装った平然に、矢野は気付かなかっただろうか。
私の身に何が起こってようと、仕事は回ってくるし私情は挟めない。
余計なことは考えるな、私。
きっと矢野は私の弱みを晒すようなことはしないし、弱みの当人である有馬さんはこの事を何も知らない。
つまり、私さえいつも通りにしていれば何も問題は起きない。
私はこっそりと胸を押さえて息を吐いてから、パソコンの電源を付けこの後に控えている打合せの資料に目を通し始めた。
最初のコメントを投稿しよう!