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4Fで有馬さんを降ろしたエレベーターの扉が閉まると同時に、矢野がぽつりと呟く。
「…セックスしても、仲良くない関係ってどんななの。」
顔は扉に向けたままだが、その言葉の刃はしっかりと私を捉えていた。
『ちょっ…、やめてよ。』
「世良のその声が、大きいよ。」
クス、と小さく笑う様子はまるで、小さい子どもを揶揄っているよう。
その時の少し垂れた目が、金曜の夜をフラッシュバックさせた。
___あ。
休日も、通勤時も、打合せ中も必死で考えないようにしていたのに、簡単に蘇ってしまうのは、あの焦ったいキスで。
「その顔で戻るの?」
きっと私は顔だけでなく身体全部に熱を持っていて、熱い。
恥ずかしい。
矢野はこんなにも飄々としているのに。
EVは企画部の席がある5Fフロアにとまり、扉が開く。
開くボタンを押す指は心なしか汗ばんでいた。
矢野が私を振り返らずに先を行くから、私は少し立ち止まって彼と距離を開ける。
いつ爆発してもおかしくない爆弾が、職場にあるのだ。
面倒なことになるくらいなら、有馬さんと遊ぶのは少し控えたほうがいいかもしれない。
有馬さんのことも身体も大好きだけれど、今の楽しい生活を崩すという代償はあまりにも大き過ぎる。
『矢野のやろう…』
せめて、矢野が私を揶揄うのに飽きるまでは…。
小さく恨みこもった呟きは、誰にも聞かれる事なく足元にコツンと落ちた。
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