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1.性に身体はつきものか?
***
ひゅっ、と勢いよく息を吸い込んで目覚める朝。
7月を迎える日の朝は例年よりも暑く、布団から飛び出した上半身はじっとりと汗ばんでいた。
「怖い夢でも見たの?」
『あー…、なんか叫んでました?』
懐かしい夢、を見ていたようだ。
いきなり身体を起こしたからか、頭がクラクラと揺れる。
「いや、世良ちゃん飛び起きたから。」
薄ら目を開けてこちらに手を伸ばすのは、有馬弘樹。会社での上司である。
身体の奥深くにまで浸透し合う関係を持っておいて、そのくせ私は彼を有馬さんと呼び、彼は私を世良ちゃんと呼ぶ。
その他大勢と同じ、300人ほどいる職場の一員に過ぎない。
『有馬さんの家、初めて泊まりに行った時の夢見てました。』
「えー酷い。人をバケモンみたいに扱って。」
有馬さんはクスクスと笑って、私を頭からすっぽりと抱きかかえた。
柔軟剤の香りに有馬さんの甘い体臭が混じった温もりに包まれる。
この匂いが好きだ。
私にはないフェロモンと、熱と、力。
しかしここで重要なのは、有馬さんのだから好き、というわけでは無いということ。
さらに言えば、有馬さんのことを好き、ということも無い。
もちろん、大前提では好きだし上司として尊敬している。嫌いじゃない。
ただ、恋人になりたいとか、ましてやその先にある人生のパートナーとして、と言った好きがここには無い。
恥ずべき事なのは重々承知で告白するが、私は貞操観念が低いらしい。
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