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3.好きの形はひとつだけ?
梅雨はとうの昔に開けたと言うのに、じっとりとした雨が1日中降り続けている。
それが原因で遅延している電車に乗り込み、他人のビニール傘で服が濡れる車内にて私たちは1度も会話を交わすことなく目的の駅に到着した。
私の最寄駅から2駅離れた駅、西口、隣にいるのは有馬さんでなく矢野だ。
訪れたのは、何度目かの矢野の部屋。
慣れとは恐ろしいもので、言われるでもなく私は冷蔵庫の扉を開けてしまうし、ゲーム機の仕舞い場所も、風呂の使い方までも、もう知っている。
『飲まないの?』
「うん、今日はいい。」
奇妙な時間が少しずつ日常になっていたと言うのに、なぜだろう、今日はどうも矢野の様子がいつもと違った。
いや、いつも、なんて言えるほど彼を知っているわけではないが、それでも立ち振る舞いや表情に、説明するには足らないほどの小さな違和感を感じずにはいられなかった。
『照明落としていい?』
そう尋ねた私に、彼は首を縦に振らない。
どうしてだろう。
少しは慣れたはずの空間なのに、ピリリと小さな電流が走る錯覚がある。
「まだ消さない。話があるから。」
いつもは私に断りを入れることなく照明を落とすのに、明るい部屋で矢野の目は真っ直ぐに私を捉えていた。
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