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傷を負ったことを隠さない矢野の表情に、この時間が終わらなかったらどうしようと怖くなる。
こうなるのを分かってぶつかったくせに、1秒が何分にも感じられるほどに永い沈黙があったのだ。
私はもう浮かんでいた疑問が確信に変わっていたが、それでも彼の次の一手を待つ。
だって私を巻き込んだのは矢野自身だ。
私に興味があるフリをする男の本当を、知らぬ存ぜぬで見逃すほど、大人ではない。
すると矢野は、振り切ったかのように深く深く息を吐いた。
何もかもを曖昧にして、絡まった糸を解かぬままでは私が納得しないと気付いたのかもしれない。
「誰かに言った?」
やっとのことで彼から絞り出されたフレーズ。
それはどこかで聞き覚えのあるものだった。
人は誰かに秘密を知られたとき、自分の身を守ることを1番に考えるのだと、矢野の声色に知った。
『いや、今知ったことだよ。』
「じゃあ誰にも言わないで。」
『知ってたとしても、言わなかったよ。』
「それは俺が可哀想だから?それとも…有馬さんが可哀想だから?」
堰き止められていたものが切れてしまったみたいだ。
先程と打って変わって矢継ぎ早に飛んでくるのは、嘘でも私に付き合おうと言った人とは思えないほど棘のある言葉、声。
追い詰められているからだろうか。
開き直った大胆さが、人間らしくて悲しい。
『…矢野は可哀想なの?』
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