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霧に似た薄い膜が矢野の顔を覆い、その陰りはこちらにまでうつる。
何故、そんなことを言うのだろう。
もしかして、と思ってから今まで「可哀想」なんて1mmも思わなかった。
そんな考えは全く頭に浮かばなかったし、私の問いは矢野の行動への疑問だけだったのに。
『…。』
つまり考えられるのは、1番悲しい可能性。
「笑うなら笑えよ。」
矢野自身が、自分を客観視したときに可哀想と恥じているということだ。
『笑わない。笑わないけど、私よりもしてることは歪んでるなって思う。』
「歪んでるって…。」
『好きでもない私に、付き合ってと言ったんでしょう?』
有馬さんから引き剥がすために、と声には出さなかった真意が本物へと変わる。
心が難しい。
人の心を弄び騙すような事をされて、私はきっと被害者で。
それなのに、自分のことよりも矢野のことが心配で気がかりになる。
「じゃあどうしろって言うんだよ。世良が本気で好きならまだしも、…そうじゃないなら、」
だって、矢野がこんなにも苦しそうだ。
彼は言葉を詰まらせて少し瞳を伏せた。
広がった二重幅から伸びるまつ毛は、こんな時にすら美しかった。
綺麗な顔をしているんだな、と改めて感心しても、
『じゃあ矢野は、一生そうやって有馬さんに近付く女に手を出して離させて、って繰り返すの?』
この男のやってることは、やっぱり馬鹿だ。
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