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「そんなこと言ってない、」
『そんなの…、悲しいよ。』
膝の上で握った拳にポタポタと涙が落ちたのを見て、自分が泣いていることに気付く。
何故私が泣いているのかは分からないくせに、この涙は私に宛てたものではなく、矢野に向けたものだということは分かった。
泣くのは卑怯だ。
相手はこれ以上何も言えなくなってしまうだろうから。
矢野の話を聞いているはずの私が、それを制するようなことをしちゃいけない。
しかし頭ではそう思っているのに、行動は追い付かずに涙は零れるばかり。
「引かないの?」
『引いてるよ。好きな人と出来てる女を落としにくるなんて遠回りなこと。』
「そっちじゃないじゃん…。」
矢野が髪を雑に掻いて、息を吐くと同時に肩を落とす。
そっちじゃない、と矢野が指すもう片方を、私はなんとなくで察する。
男の俺が、と言いたいんでしょう。
矢野は男で、有馬さんも男で、その恋愛の方程式はマジョリティではないのかもしれない。
その恋愛は、「引く?」と先に自分で言ってしまうような扱いをするものらしい。
同性愛、なるものをテレビやTwitterで見かけたことはあっても、実際に出会ったことはなかった。
『別に、引かない。有馬さんカッコいいし。』
これは、本心。
私と違うことや、大勢と違うことは紛れもない事実。
しかし、違う=引く、という考えは浮かばなかった。
しかも、有馬さんは良い男だもの。
いいなと私が思うように、いいなと矢野が思っていたって何もおかしくはないよなと、そんな風に思う。
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