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「世良は変わってるね。なんか、…本当に引いて無さそうに見える。」
見える、と付け足した矢野の言葉の奥には気付かないふりをした。
そう言う彼からは先程までの刺々しさはなくなり、何かを諦めたような呆気らかんとした表情が見てとれる。
『告白されたのに、振られた気分。』
だから私もこれ以上水を刺すようなことはせず、重たい空気を茶化してみせた。
「ごめん。」
空気に滲むような小さな謝罪は、嘘をついたことに対してなのか、それとも泣かせたことに対してだろうか。
謝らなきゃいけないのはこちらだよ、矢野の秘密に土足で踏み入るようなことをしたんだから。
時間が流れていないかのような静かさの中で、矢野がもう1度口を開くのを待つ。
「付き合ってってのは嘘だけど、世良と一緒にいて楽しいのは本当。居心地いいし。」
ぽん、と出てきたのは、まるで友達に告白された時に断る時の謳い文句みたいだ。
本当ならこの不鮮明な関係性はここで終わりそうなものなのに、彼の言い草に少しの未来を感じた。
形は恋愛ではないだろうし、ライバルでもなく、友情…とも違う気がするが。
『同じ人にハマってる者同士だし…?』
「お前の邪な想いと一緒にしないでくれる?」
「本気で好きなんだよ。」
穏やかな場を繋ぎ止めるため私が言ったブラックジョークに、矢野は眉を寄せて笑う。
しかし、矢野の好きという言葉は本当に透き通っていて、美しかった。
好き、って何だったっけ。
私はいつから、その顔を出来なくなったっけ。
美しいものを前に、私が抱いている快楽による好意が薄汚れているように見えて、チクリと胸が痛んだ。
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