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オフィスの照明を落としてフロアをまわる頃、時計の針は22時40分を指していた。
有馬さんは他人の考えを汲み取るのが上手い。
そして抱える課題をするすると暴き、必要な事柄を導きシンプルに突き詰めていく、そういうプロダクトデザイナーであり上司だ。
「最終施錠は任せて先帰るな。もっと早く帰れる日にまた飲みに行こう。喧嘩するなよ。お疲れ様。」
「お疲れ様です。ありがとうございます。」
『ありがといございました。』
有馬さんのおかげで矢野と私の新企画は、何を残し何を捨てていくのかという方向性を見出すことが出来た。
大切にする順番を決めて仕舞えば、あとはそれに順ってつくるだけ。
部下たちの士気を高めるもの上手い有馬さんに充てられて、矢野と私は同じところに向かって企画を進められそうだ。
施錠確認のために、6F建のオフィスを上から順番に降りてまわる。
それは、打合せの続きみたいな会話をしながら2Fまで降りてきた時だった。
「あー…好き。」
矢野が深い深いため息に交えて心の声を漏らしたのは。
『…!』
その声は小さなものだったのに、ひと気のなくなったオフィスにはよく響いた。
つられてドキっと心臓が大きな音を立てる。
彼の言葉が私に向けられたものではないと分かっていて、だからこそ余計に驚いてしまったように思う。
『…漏れてるよ。』
「世良だから、漏らしてるの。」
悪戯っ子みたく笑う矢野からは、この前みたいな毒気はもう感じられなかった。
世良だから、と私の名を簡単に呼ぶこの関係性が、なぜかとても大切なものみたく思えた。
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