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「まだしてませんよ。でももう29なので…したいですね。一刻も早く。」
ああ、貴方の未来の話を聞くのは気持ちいいものではないな。
中途半端な甘い言葉をかけて、私をずっと先のない場所に留まらせるのなら、貴方もそうあるだろう、と、どこかで思っていたのかもしれない。
「良いものですけどね、大変だけど。」
既婚者がケタケタと笑って当たり障りのないことを言う。
「そう言いますよね。」
全然動揺することじゃないのに。
こんなの、全然動揺することじゃあないし、私にとっては関係もないのに。
ただの上っ面の会話、こんなやり取りに深い意味はないと分かっていながらも、心はどこか騒がしい。
有馬さん、結婚願望あるんだ。
しかも、一刻も早くしたいんだって。
そのビジョンの中には、当たり前に私は入っていないだろう。
___矢野も、入っていないのだろう。
チラ、と矢野に目をやると、彼は柔かな表情のまま、別のグループで会話を広げていた。
しかしこの近距離だ、聞こえてないはずがない。
私ですらダメージを受けたなら、矢野はどれだけキツいだろう。
『すみません、お手洗いに。』
仕事の一環なのに、余計なことばかりを考えて変な顔色をしていないだろうか、と化粧ポーチを持って席を立った。
逃げるついでに席を振り返ると、有馬さんは未だ上っ面の恋愛話に花を咲かせていた。
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