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危ういバランスを取りながらも保たれていた私の日常が崩されたのは、突然のことだった。
この季節、19時はまだ明るく、半袖のブラウスから覗いた腕に風が触れて気持ちが良い。
仕事を終えオフィスのエントランスを出ると、偶然、同期と鉢合わせた。
『矢野、お疲れ。』
矢野薫は私と同じ入社3年目で、商品部に所属しているプランナーだ。
iriaで売られている家具の商品企画を行う花形部署で、彼は働いている。
彼らが企画した商品のデザインを行うのが私たちデザイン室のため、仕事でも関わりが多い。
矢野は少し、不思議な存在だ。
部署や同期での飲み会では話すが、個人的な関わりはあまりない。
スラリとした身体に高い身長、小さな顔。
モテる要素を沢山持ち合わせているのに、ヤラシさを感じない男。
私が今まで遊んできた男性陣とは違う匂いがする。
折角ならば一緒に駅まで歩こうと隣に並ぶと、矢野はこちらを見ないままに口を開いた。
「世良ってさ、有馬さんと付き合ってるの?」
『!?』
鳩尾を殴られたかのような、衝撃。
私は息が止まりそうになった。もはや、止まったかもしれない。
反比例して心臓は、バクバクと激しい音を唸り立てて、痛い。
お疲れ様という挨拶よりも先に飛び出した彼の質問に、歩き始めた足が絡まる。
『付き合ってないよ?なんで?』
冷静を装え、私。
矢野の通常運転の声色、職場での私と有馬さんを見てジョークとしての疑問かもしれない。
私は目を大きく開き、キョトンとした作り顔で矢野に向き合った。
しかし、彼は足を止めることなく、言葉を続ける。
「いや、普通に。俺、有馬さんと最寄駅一緒なんだけど、世良も一緒に降りてきて、西口から左に歩いてったし。手繋いでたし。」
『、』
___これは、ダメ。
突きつけられたのは、言い逃れの出来ない事実。
必死に平然を取り繕っていた私は、汗ばんだ手を開きようやく立ち止まった。
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