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『大丈夫?』
ふらり、とソファに座り込んだ矢野にペットボトルの水を手渡した。
「や、ちょいキツイね。あの人馬鹿酒強いから。」
ふふ、と矢野は表情を弛めた。
ふわりとした笑顔が、何故か悲しい。
私はあの時、有馬さんにだけメッセージを返信をした。
「すみませんが今日は帰ります」と。
時間をずらして乗り込んだ電車、マンションのエントランスでの待ち伏せ。
私は何も言わぬまま、矢野のマンションへとやってきたのだ。
『あー、うん…そっちもだけど。』
「いいや、まあ大丈夫。」
何、とは言わないままで交わすやり取りがもどかしい。
私、矢野のことが心配だったの。
気にしないでいようと思ったけれど、腹のそこの方でジリジリと身勝手な心配が降り積もっていく。
その歯切れの悪い大丈夫は、どう言う意味なの?
と、問い詰めるのは簡単なのかも知れないが、私は口を噤む。
クローゼットを勝手に開けて、矢野の部屋着を取り出しベッドに放り投げた。
それを上手く受け取った矢野から向けられる、ジトっとした目。
長い睫毛、その表情を見入っていると、矢野は徐に口を開いた。
「世良は、合宿の夜有馬さんと2人で良い感じだったね。」
世良は、の3文字に籠っていたのは敵意。
口調は至って穏やかなのに、有無を言わせぬ声色が私を捕えて離さなかった。
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