144人が本棚に入れています
本棚に追加
『…誰かに言った?』
咄嗟に浮かんだ心配は、噂が広がることだった。
私のことも、勿論有馬さんのことも、まず考えたのは自分たちの保身。
「付き合ってないの?」
矢野は声色すら変えぬまま、
足の重心を左から右に移し、立ち止まった私を振り返る。
不意打ちの攻撃、上手くかわせなかった私は仕方なしに頷く。
付き合ってる方が、私の体は良いのだろうけど、同じ社内で流石にそんな嘘はつけない。
「まだ言ってないけど、とくダネだよね。うちの会社、社内恋愛禁止ではないけど人事異動は聞くし。そもそも恋愛じゃなくってのは、もっと響き悪いし。」
『はは…それを影で広めるんじゃなくて、当人に言いにくる矢野が怖いよ。』
何食わぬ顔で、口調で、この男は何が目的なのだろう。
職場での面白いネタを見つけたとき、本人に突撃するなんて、普通することじゃないだろう。
夏の暑さも助長して、背中に汗がじくじくと湧き出す。
この行為が人事に影響を及ぼすとしたら、…部署移動させられるのは私の方だ。
デザイン室に入社しそのまま室長になった有馬さんと私じゃ会社への貢献度が違うし、そもそも室長の急な異動は様々な憶測が飛び交うことになる。
それならば、入社3年目の私を他部署へ異動させ「力をつけ学ぶために」にとありふれた理由をつけるのが無難。
それはどうしても避けたかった。
やっと仕事が楽しくなってきたばかり。
これからもiriaのデザイン室で、家具プロダクトの企画に携わっていきたいのに…。
となると、私の出方は1つしか残されていないらしい。
最初のコメントを投稿しよう!