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『遊んでよ、って、こういうこと?』
YESともNOとも言わないままに、矢野と同じ電車に乗り、私の最寄駅を2つ通り過ぎて一緒に降りた。
よく知っているのは、よく利用しているから。
有馬さんが、この街に住んでいるから。
会話のない帰り道で、私は一種の覚悟を決めたはず…だったのに。
初めて訪れた1Kのマンション、ボタニカルなテイストでまとめられた矢野の部屋。
置かれているアロマオイルだろうか、フルーツのような甘い匂いが薄く広がる。
テーブルに並んだ缶チューハイとジャーキー、チョコレートビスケット。
2人の手には、ニンテンドースイッチのコントローラが握られている。
「俺、ジワジワ攻めるタイプなの。」
遊んでよ、なんて言うからてっきり身体を要求されたのだと思い込んでいた。
電車の中で咄嗟に、身に付けている下着を脳内で確認まで行ったが、不要なものだったらしい。
__お前の秘密を黙っててやるから、代償は身体で払えよ。
だなんて、いつの日か女性漫画で読んだような展開になると思っていた私は、拍子抜けしたままスマブラでピカチューを使い、カービーと戦っている。
「案外強いね。」
『散々やったもん、中学のとき。』
「キューブ?」
『いや、Wiiでやってたよ。』
たまに肘が当たる距離。
2人の顔は同じ方向を向いていて、視線が触れることはない。
男の部屋で、前戯としての映画鑑賞やパーティーゲームは経験したことがあるが、このパターンは新しい。
「男みてー。」
ケラケラと矢野が笑うから、状況を勘違いしてしまいそうだ。
この場には男も女も居らず、色香なんてものは存在しない、と。
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