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十一.
「聞こえておりますかな?葉月殿。御自分がもはや生者で無いことは御理解頂いておられますかな?
にも関わらずこうして貴殿が、生者の世界である現世に、亡き魂の残り影を強く留めておられるのは、間違いなくこの御子息への深い思いによるもの。御子息の状態を見ればわかります。その深い思い、愛情こそが今、負たる障りとなって御子息に絡み付き、捕らえ、入り込み、引き裂こうとしておりますからな。
貴殿の愛情がいかに純粋で強く温かかろうとも、それは生きている間のこと。死者から受ける深過ぎる愛情は、現世を生きる生者にとってはおおよそ障りとなって苦難を与えるのです」
と老人は錫杖を振り、その音はまた私を貫き、その痛みに苦悶の声を漏らしながらも、私のそばにいる翔宙にも同じような痛みが襲っているのでは無いかと目を向けると、ずっとぶつぶつと何事かつぶやきながら体を丸めていた翔宙だったのに、いつの間にか口をつぐみ、顔を上げ、透き通った瞳で私の方を真っ直ぐに見詰めていた。
「何を……言っているんですか……。ではあなたは、翔宙の心が割れてしまったのは、私がやっていることだと……?翔宙自身が悲しみのあまり壊れてしまったのではなく、私が壊しているのだと言うのですか……?」
翔宙の姿にも老人の言葉にも驚きながら問い掛けるが、私の声は二人のどちらにも届いてはいないようで、老人はさらに言葉を続けた。
「現世は不条理な苦しみや痛みに溢れております。しかしそれは生者が生者として受け、耐え忍び、抗い、強く生き抜いていくための、生者の世界の修練試練。死者はもはやそこから切り離された彼岸にあるものなのです。
死者は生者に関わってはなりません。生者が自ずと立ち向かい乗り越えるべき試練に死者が干渉することは、生者にとっての正しき道、正しき魂を歪めてしまうこととなるのです」
さらに降り注ぐ錫杖の音が、私をぼろぼろと打ち砕き、私は私を失っていく。
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