八.

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八.

自分の無力さに打ちひしがれながら、固く閉ざされてしまった夫の部屋の扉をぼんやりと見詰めていると、 「お母さん、あたしに料理教えてくれるって言ってたよね?裁縫も、おしゃれのことも。ずっと言い出せなかったけど、メイクだって教えて欲しかったんだよ、十四にもなったら周りはみんなやってるんだからさ。 っていうかさ、お母さんはずるいよね。何でもできて、もう四十になるって言うのにかわいくて、マジ女子力高くて。 あたし、もっと素敵な女の子になりたくて、でも友達もいないしいまいちやり方がわかんなくて、だから色々教えてもらうつもりだったのに……なんで黙ったままなのよ!なんでそこから動いてくれないのよ!一緒にかわいい服とか買いに行きたいのに!馬鹿!うそつき!卑怯者!馬鹿!馬鹿……ぅぅ……お母さん……お母さん……」 翔宙(ショウ)の方から、女の子のような声が届いた。 大人びた顔つきに成長してすっかり男の子らしくなってきた翔宙(ショウ)だったが、そこには女の子のような座り方をして女の子のような仕草をして、私を見詰めて涙を流している、女の子の顔をした翔宙(ショウ)がいた。 あぁ、これは望美(ノゾミ)翔宙(ショウ)の中に隠れていた本質なのか、願望なのか、それとも夢見がちで演技に興味を持ったりしている翔宙(ショウ)が、私が死んでしまった時につらい現実から逃れるため自ら生み出した架空の何かなのか。 それを確かめるすべなど私には無かったけれど、しかし確かに今、翔宙(ショウ)翔宙(ショウ)では無く、翔宙(ショウ)という器の中に生まれた別の人間、十四歳の望美(ノゾミ)という女の子だった。 望美(ノゾミ)はひとしきり同じようなことを言い続けながら泣いていたが、しばらくするとふっと静かになり、うつむき、床に突っ伏して身を丸め、そのまま動かなくなった。
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