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◯
翌朝。
「ほんっとごめん!」
ぱんっと顔の前で両手を合わせ、高原は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いい。別に気にしてない。それに高原が悪いわけじゃないし。余所見をしたのは俺の集中力の問題だ」
祓川龍臣は淡々と、境内の掃除を続けながら言った。
蝉の声が反響する真夏の炎天下。
袴姿で敷地の隅々まで掃き掃除をするのは、それだけで骨が折れる。
しかも、こうしてどれだけ汗を流していても、参拝者の前では常に涼しい顔をしていなければならない。
たとえ相手が学校のクラスメイトだろうと、それは変わらない。
幼い頃からそう振る舞うように、父親から言いつけられていたからだ。
「今日は狭野と遊ばないのか?」
祓川が聞くと、高原は途端にムッと唇を尖らせて、
「知らないわ、あんな奴!」
と、腹立たしげに言い放った。
昨夜の様子から大方予想はついていたが、どうやら喧嘩をしたらしい。
彼らは学校の内外を問わず常にくっついて行動している印象があるが、こうして仲違いをするのもそう珍しいことではなかった。
高原は狭野への愚痴を一通り言い終えると、今度は他愛もない世間話を始める。
祓川は箒を持つ手をただ無心で動かしながら、たまに相槌を打つだけだった。
そんな付き合いの悪い相手に対し、彼女は笑みを絶やさない。
むしろ会話を心から楽しんでいるような彼女の姿が、祓川には不思議だった。
「君はどうして、そんな風に俺に笑いかけてくれるんだ?」
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