第一章

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         ◯  ちょうど同じ頃、狭野笙悟は昨夜まで祭り会場だった場所をふらふらと散策していた。  部分的に草の刈られた河川敷。  昨夜は屋台が並んでいたそこには今は何もなく、ゴミもほとんど落ちていない。  おそらく夜のうちに清掃が行われたのだろう。 (確か、この辺りだったかな)  しばらく歩くと、狭野はある場所で立ち止まった。  特に目印も何もない、平らな土地。  昨夜はこの辺りに、ベビーカステラの屋台があった。  狭野はその場所に立って、きょろきょろと辺りを見回した。  昨日はここで、あの少女に会ったのだ。  水色の浴衣を着た中学生くらいの女の子。  おそらくはすでに亡くなって、幽霊となった彼女の姿は、なぜか狭野の目にだけは見えていた。  しかし今は、どこを捜しても見当たらない。 (また、夜になったら会えるのかな?)  会いたかった。  もう一度。  彼女のことを思い出す度に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感じがした。  誰かに対してそんな風に思うのは、狭野にとって生まれて初めての経験だった。  幽霊に対して恋心を抱くなど、おかしな話だという自覚はある。  けれど、惚れてしまったものは仕方がない。  それから毎日のように、狭野はこの河川敷へと通った。  しかし、(くだん)の少女はあの祭りの一件以来、昼夜を問わず、一度も姿を見せることはなかった。  いつしか夏休みも終わりに近づいて、このままもう二度と会えないのではないか、という不安が狭野の中で大きくなっていく。  時間が経つにつれ、記憶の中の少女の姿も、段々と(おぼろ)げになっていく。 (……忘れたくないな)  
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