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ふう、と一息吐く暇もなく、
「あなた、私のことが見えるのね」
と、今度はさらに至近距離から声がした。
見ると、先ほどの少女がいつのまにか狭野の正面に回り込んで、にんまりとした笑みでこちらの顔を覗き込んでいる。
その悪戯っぽい表情があまりにも愛らしくて、狭野はたまらず、耳の辺りがじんわりと熱くなるのを感じた。
「だ、だから、さっきから何を言ってるの? キミが変なことを言うから、お店の人に怒られちゃったじゃないか」
思わず視線を逸らしながら、半ば八つ当たりするように言う。
「ふふっ。ごめんなさい。私のこと、あなた以外の人には全然見えてなかったみたいだから、ちょっとだけ寂しかったの」
なおもよくわからないことを口走る彼女に、狭野が再び問い詰めようとすると、
「笙悟ー!」
と、今度はどこからか、聞き慣れた高い声が届く。
狭野が顔を上げると、人混みの奥から一人の少女がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
ショートカットの髪と桃色の浴衣を振り乱しながら小走りで向かってくるのは、幼馴染の高原舞鼓だ。
先ほどトイレに行ってくると言って別れたが、やっと戻ってきたらしい。
彼女は一直線にこちらへ迫ったかと思うと、狭野の目の前にいる少女の背中へ、スピードを落とさずに突っ込んでくる。
「! あぶな──」
このままではぶつかる、と狭野が危惧したのも束の間、高原は少女の身体をすり抜け、何事もなかったかのように狭野の眼前で立ち止まった。
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