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「あっ! お囃子の音が聞こえるわ。神楽が始まったみたい」
と、高原の放ったその声で、狭野は再び我に返った。
耳を澄ませてみると、人々の喧騒に紛れて祭囃子が聞こえてくる。
和楽器を用いた日本古来のメロディが、その場一帯を神聖な雰囲気へと誘っていた。
毎年、こうして夏祭りの夜には、花火会場のすぐそばにある神社で神楽が披露される。
演者は主に神職の人間だが、場合によってはそれ以外の地元民が参加することもあった。
「早く見に行かなきゃ、龍臣の出番が終わっちゃうわ。ほら笙悟、急ぐわよ!」
「あっ、ちょっと。そんなに引っ張らないでよ!」
高原に無理やり手を引かれ、狭野は転びそうになりながらも音の聞こえる方へと向かっていく。
幽霊と思しき少女もついてくるだろうか、と後ろを振り返ってみれば、彼女はその場に留まって、小さく手を振っていた。
「それじゃあ、私はここで」
「えっ、来ないの? 一緒に見ようよ。神楽、そこそこ見応えはあるよ?」
正直に言えば、神楽自体にはそれほど興味はなく、ただ一緒に来て欲しいだけだったのだが。
しかしそんな思いは伝わらず、少女はゆっくりと首を横に振る。
「神楽は、ちょっと苦手なの。辛いことを思い出しちゃうから……。私の分まで、二人で楽しんできてね」
そう言った彼女の顔はどこか寂しげで、憂いのある微笑を浮かべていた。
どんどん遠くなるその姿から狭野は目を離せないでいたが、やがて視界を遮るように人が横切ると、その一瞬の内に、彼女は煙のように消えてしまったのだった。
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