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神楽の舞台となる『神楽殿』にたどり着くまで、高原舞鼓は、狭野と繋いだ手を離さなかった。
人々の間を縫うように進みながら、高原はその手のぬくもりを密かに意識する。
けっして離そうとしなかったのは、人混みの中で離れ離れになってしまうのを防ぐためというよりも、私情の方が理由として大きかったかもしれない。
狭野の手を、少しでも長く握っていたかったのだ。
こうしてお互いの手を繋ぐのは初めてではないが、だからといって、いつでも当たり前のように出来るわけでもない。
一年に一度、夏祭りを楽しむこの瞬間だけが、彼と自然に手を繋ぐことができる唯一のチャンスだった。
そんなこと、口が裂けても言えないけれど。
「……ちょっと笙悟、ちゃんと前を見て歩きなさいよね。転ぶわよ」
途中、何度か後ろを振り返って狭野の様子を伺ってみたが、その度に彼はキョロキョロと辺りを見回していた。
何か探し物でもしているのだろうか。
「どうしたのよ。何か気になることでもあるの?」
「いや……。さっきの子、またどこかで会えないかと思って」
「さっきの子……って、幽霊の話? まだそんな冗談言ってるの?」
呆れた、と高原はわざとらしく溜息を吐いた。
大して面白くもない話を引っ張って、いま目の前にいる異性とのスキンシップを蔑ろにするなんて。
こうしてお互いの手を繋いでいても、彼はそういったことには微塵も興味がないらしい。
今日この日のために新調した浴衣だって、せっかく色違いのお揃いにしたのに。
(なによ。私ばっかり意識して……バカみたい)
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