第一章

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         ◯  神楽の舞台となる『神楽殿(かぐらでん)』にたどり着くまで、高原舞鼓は、狭野と繋いだ手を離さなかった。  人々の間を縫うように進みながら、高原はその手のぬくもりを密かに意識する。  けっして離そうとしなかったのは、人混みの中で離れ離れになってしまうのを防ぐためというよりも、私情の方が理由として大きかったかもしれない。  狭野の手を、少しでも長く握っていたかったのだ。  こうしてお互いの手を繋ぐのは初めてではないが、だからといって、いつでも当たり前のように出来るわけでもない。  一年に一度、夏祭りを楽しむこの瞬間だけが、彼と自然に手を繋ぐことができる唯一のチャンスだった。  そんなこと、口が裂けても言えないけれど。 「……ちょっと笙悟、ちゃんと前を見て歩きなさいよね。転ぶわよ」  途中、何度か後ろを振り返って狭野の様子を伺ってみたが、その度に彼はキョロキョロと辺りを見回していた。  何か探し物でもしているのだろうか。 「どうしたのよ。何か気になることでもあるの?」 「いや……。さっきの子、またどこかで会えないかと思って」 「さっきの子……って、幽霊の話? まだそんな冗談言ってるの?」  呆れた、と高原はわざとらしく溜息を吐いた。  大して面白くもない話を引っ張って、いま目の前にいる異性とのスキンシップを(ないがし)ろにするなんて。  こうしてお互いの手を繋いでいても、彼はそういったことには微塵も興味がないらしい。  今日この日のために新調した浴衣だって、せっかく色違いのお揃いにしたのに。 (なによ。私ばっかり意識して……バカみたい)  
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