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依頼人と別れた後、ヒムラとマチは商業施設の一つに入り買い物を済ませて帰ろうとしていたがマチの「食べて帰る」という一言でヒムラはげんなりとしていた。未だに外食は慣れない、特に夕食は家の中で食べて、そのままゆっくりとして風呂に入って寝る、それがなにより好ましかった。
けれどマチ本人もまだそれ程腹が減っているわけではなく、結局は喫茶店に入って飲み物と小腹を満たす程度のものをつまむだけで済んでいた。マチはブラックコーヒーを、ヒムラはカフェオレを、そしてそれらよりも前に先に運んでもらったワンコイン以下で小ぶりなバナナチョコレートパフェは、マチが頼んだものだった。
「すぐに行かなくていいの?」
テーブルに置いた店員が離れきる前には既に生クリームを口に入れているマチに、ヒムラは少々不安げに問いかけた。マチは一瞬視線だけをヒムラに向けたが、特段変化はなかった。
マチが答える前には互いの飲み物も届き、それでもマチはパフェをつついていた。
「夜に行って楽しい場所ではない」
「そういう理由?」
「水辺には行って安心な時間とそうじゃない時間もある。避けるに越したこと
はない」
「……そんな明確に境があんの?」
「お前今から移動して石を探しながら夜になって深夜に依頼人のとこに戻りてえか?」
「いやあ……それは嫌かなあ」
「依頼人も夫にはなにも言ってない。じゃあ、夫がいない間に会わなきゃならない。それに、こっちも気付かれないように動く必要もある」
「誰に?」
「息子に」
「は?」
たった四歳の子供に、ということか。
「待って、あれくらいの子ってそんな、わかるっけ?」
「普通のならな」
「どういうこと?」
「石を家に持って帰るなってのが昔からあるんだよ」
「それ、俺に言ったことある?」
「ねえな」
「じゃあ、知らないよ、それ」
マチが言っていないのなら、それを知るわけもない。まして古くから言われているようなものであれば尚更。自分の自覚があったのもこの体の年齢の半分か、それ以下の年数。マチと出会ってからもほんの四年、つまりはっきりとした自分自身で生きてからまだ四年のヒムラにとってそんな言い伝えのようなものがわかるわけもなかった。
お手上げ、とばかりに椅子の背もたれに沈んだヒムラにマチは一瞥もくれやしない。それは意地の悪さなどでもなく、目下、好物のアイスクリームと生クリームを目の前にしてそれどころではないからだ。
「人間よりもずっと昔からあるものなのに石に対して人は無防備すぎなんだ。石なんて、なにに使われていたかわからない。火打石で人を暖めていたかもしれないし、人を燃やしたかもしれない。処刑に使われたか人を殺すのに使われたか、そもそも何で出来たものかすらも考えるべきだ」
「怖いこと言わないでよ……」
「怖いんだよ。お前はそこらへんに落ちてる石がいつからあってなにに使われて何年存在してるかわかってんのか? ひとつひとつ違うはずが膨大にもある。ひとつが割れて幾つにもなれば幾つもがひとつにもなることもある。だから、何を経てそこにあるかもわかんねえやばいもんを家に持ち帰るなんて、ただただ危ないだけなんだよ」
けしてバナナチョコレートパフェを食べながら凄むような話ではない。が、マチが言うからにはそうなのであろう。ヒムラにもマチ以外の誰にも見えないようなものが、今はバナナチョコレートパフェにくぎ付けになっているその目で見えている。この状況では全く、そんな能力のある目には思えはしないが。
「ん? 待って。それが四歳の子に僕らの行動がわかるようなことに繋がるの?」
マチはただ頷く。最早好物を食すのに忙しい口を会話で使うことにも手間を惜しんだようだった。ヒムラは大人しく会話を切り上げ、少々嬉々としたマチの様子を見て微笑ましく過ごすだけの時間と決めた。
※
灰色の人間二名とわかれてから、明梨は郁と共に買い物を済ませ、少し遅くなったおやつの時間も楽しんだ。灰色の人間の口からは自分の不安を肯定する言葉が出たが、目下、郁の様子に変わりはない。これまで同様、ほんの誤差のような異常が続いているだけだった。
この日も、帰宅してからのおやつ時間に郁は突然「がっぱらが食べたい」と言ったが明梨にはなんのことかわからない。それだけでわかるものなのか、明梨がスマートフォンで検索をかけるとそれは津軽地方の昔ながらのおやつと判明した。根付く程古くからある。それは郁は勿論、明梨が生まれるずっと前から。
当然、明梨はそんなものは知りもしなかった。では、何故、その地方に関係する人物との交流があるわけでもない郁が知り得たのか。明梨は困惑したが、灰色の人間に言われた言葉もあってやんわりと断った。「ごめんね、まま作り方わからない」と。郁は特に落ち込んだり癇癪を起こす様子もなかった。
夕食の支度をしている間も郁は大人しく、そういえば一連から大きく騒ぐこともなくなった。そればかりは成長の範疇なのかもしれないが、いまやその区別もあやふやになってきてしまった。
夫の帰宅を待ち、七時には家族三人で夕食になった。夫は今日も郁の変化を気付くこともなく、ひとつの違和感もなく接していた。
郁が眠った後、ほんの少し確認をしたくなった明梨は夫に「最近郁がおとなしい気がする」とこぼすが、夫は意に帰さず、「大人になっていってる証拠だな」と呑気に構えていた。
一番頼りにしている相手にそう言われてしまうと、明梨の中で罪悪感が生まれていった。自分の子供を〝おかしい〟と思いわけのわからない相手にその調査を頼んでしまった。これは、悪いことなのかもしれない。本当は、そんなことをしてはならないのかもしれない。
なにが正しいのか。ここまで自分の思ったものを全ての人に「そうではない」と言われ続けてしまった明梨に対して灰色の人間だけが「貴方は正しい」と言った。そして、彼だけが明梨のもつ違和感をそのままの意味で介してくれた。最早これに縋らずには、いられなかった。明梨の違和感を理解してくれたのは、親でも夫でもなく、彼一人だけだった。
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