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「僕のこと、忘れないで」  齢十五にも満たない風貌の神様は、目の前にちょこんと座る、まだあどけない少年にそう懇願した。  透き通るほどの白い腕を伸ばし、少年の手を力強く握る。そのあまりの冷たさに、少年は一瞬体をこわばらせるも、ほどなくして優しくその手を握り返した。 「だいじょうぶだよ」  長い睫毛を震わせて縋るような表情を自分に向ける神様に、少年の小さな胸はひどく痛んでいた。幼心に、この弱々しい友達(神様)を無下にしたら、雪のように消えてしまうのではないかと思ったのだ。 「ぜったいに、わすれないから」  少年は力強く頷いた。  冬の夜は、早い。まだ寝る時間には早いはずなのに、境内はすっかり暗くなっていた。神様と少年は二人、拝殿へと続く小さな石段に腰掛け、揃って空を見上げている。  きりりと冷えた空気は天高くどこまでも澄み、たくさんの星が零れ落ちそうな勢いで瞬いていた。  このまま見上げていたら、自分も隣の神様も夜空に吸い込まれてしまうのではないか、と少年は思った。神様が隣にいるという非現実的な状況が、少年にそう思わせていたのかもしれない。 「あ……!」  ふいに少年が声を上げた。あることを思い出したのだ。 「あのね、ゆかりくんにおみやげ……」  そう言って、ズボンのポケットからビニール袋を取り出した。神様は少年の差し出したそれを不思議そうに見つめている。 「『』っていうんだって! ほら、ゆきみたいにきれいでしょう? ねぇ、みてみて……ってあれれ?」  自慢気だった少年の表情が、みるみるうちに萎んでいく。それもそのはず、ビニール袋の中身は空だったのだ。  想定外の事態に、少年は悲しくなった。神社の中でしか生きられない神様に、外の世界のことを見せたかったのに……。そんな気持ちが、ついには涙となって体の外に溢れた。 「泣かないで」  神様は少年の頭を優しく撫でる。 「君が外の世界の話をしてくれる、それだけで十分なんだ。僕は楽しそうに話す君を見れるだけでいいんだよ。だから、泣かないで」  優しく微笑む神様につられて、少年もやがて笑顔になる。  少年は幸せだった。自分の話を興味深く聞いてくれる神様がそばにいて。  神様は幸せだった。自分のことを視える少年がそばにいてくれて。  二人は幸せだったのに。  二人だけの境内に、しんしんと雪が降り始めた。 「ずっといっしょにいようね」  それは、どちらからともなく口にした、約束。二人はこの幸せが永遠に続くものだと思っていた。しかし――。 「約束だよ」  約束は、果たされることはなかったのだ――。
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