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1.失恋カクテル
ふわふわ、ゆらゆら、くるくる
おぼれるように酔っていたい
人生はつらくて苦しいことばかりなんだから、カクテルグラスの中ぐらい甘い方がいい。
嫌なことも忘れるぐらいに。明日のことさえ考えなくてもいいように。とろとろに甘く、くずれて、ほどけてしまいたい。
「陽芽ちゃん、具合悪いならもう止めとけば?」
夢と現実を行き来するような心地でグラスの中を見つめていると、バーカウンターの向こう側から声を掛けられた。
甘いカクテルが煌めくグラスから顔を上げると、バーテンダーの環が心配そうな困り顔を向けてくる。
「ううん、まだ大丈夫」
陽芽子が不安を拭うように笑顔を浮かべると、環も小さく頷いた。
まだ酔ってない。酔えない。
―――この程度じゃ。
「飲まなきゃ、やってられないもの」
「ほどほどにな」
呆れた声を出しつつも、チェイサーを用意してくれる。これで三杯目になる甘ったるいカクテルの連続に、胸やけしてしまわないように。
ここ『IMPERIAL』は、オフィス街の外れに佇む会員制のバーだ。会員になるために財力や社会的地位が必要という訳ではないが、既存会員の紹介がなければ新規の会員にはなれないシステムらしい。
陽芽子は二年前、その制度を知らずにたまたま目についたIMPERIALへ、ふらりと足を踏み入れた。
最初は当たり前のように門前払いされた。けれど失恋直後で憔悴していた陽芽子は、傍から見ても精神状態が芳しくないと思われたらしい。客の入りが少ない火曜日だったことからマスターの許可が降り、陽芽子は美味しいお酒を口にすることが出来た。そしてアルコールと一緒に、失恋の悲しみを飲み込むことが出来た。
このバーが会員制であることは、次の来店時にバーテンダーの環に聞いてはじめて認識した。申し訳なさを感じて踵を返したが、すぐに環が呼び止めてくれた。
一見遊び慣れた印象を受ける茶髪の下で茶色い目をゆるませた彼は、穏やかな声音で『いいから飲んで行きなよ』と陽芽子に再び美味しいカクテルを出してくれた。
それ以来、陽芽子はこのバーを行きつけにしている。もちろん会員の知り合いがいた訳ではない。陽芽子に既存会員の紹介がないことはマスターも承知の上だったが、対外的には環の知り合いという事になっているらしく、結局はこうして常連になっている。
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