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そして陽芽子は今日もIMPERIALに足を運ぶ。初めて来店した時と同じ状況と心情で、また環の前でため息を吐いて。
失恋。今回は半年付き合った二つ年上の男性に『他に好きな人が出来たから別れて欲しい』とフラれてしまった。しかもその恋の相手は、陽芽子より五つも年下だという。
「若さには勝てない……」
なにか悪いところがあったのなら、言ってくれればよかったのに。若さを理由にされたらどう足掻いても勝てない。でも浮気をされたわけじゃないぶん、いくらかマシだと思いたい。そう思わなきゃ、やっていられないから。
もう一度ため息。グラスの中のカクテル『ル・ロワイヤル』が濁っている原因は、自分がため息を吐きすぎたせいなんじゃないかと思うほど。
「陽芽ちゃんは、もう少し視野広げてみたらいいと思うよ?」
陽芽子の愚痴と嘆きを聞いた環が、いつものようにニコリと笑う。
「恋愛なんて、条件でするものじゃないじゃん。恋には性別も年齢も、国籍も宗教も関係ないだろ?」
「それはそうだけど……」
環の言う通りだ。彼が常々口にしているように、恋愛に重要なのは条件じゃない。それはわかっている。
けれど陽芽子は、早く結婚したい。今すぐでもいい。
三十二歳になった今、陽芽子が本気で結婚したいと思うのなら、悠長に条件や好みから外れた恋愛を楽しんでいる余裕はない。『女の花は短命』とはまさにその通りで、周囲の友達のほとんどが花盛りのうちに結婚してしまった。会社でも、同期どころか後輩さえ次々に結婚していく。
その現実を思い知っていたから、気の合う結婚適齢期の男性と付き合ったのに。結局は年齢の罠にハマって結婚から遠ざかってしまった。
ため息が再び零れる前に、カクテルグラスをもう一度傾ける。
ル・ロワイヤルは、チョコレートリキュールと生クリームを合わせた甘いバナナ味のカクテルだ。忘れてしまいたい現実は、贅沢な甘さと一緒に喉の奥へ流し込むに限る。
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