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「あれ、脱ぐんだ?」
「だって真剣勝負だもん! 絶対負けない!」
もちろん陽芽子も、靴を履き替えないこの場所で、しかもVIPルームだと言われているところで靴を脱ぐことがはしたない行動であることは理解している。
けれど勝負を受けたからには負けられない。負けるつもりはない。
幸いクリスタルホワイトの床はしっかりと掃除が行き届いていてきれいだし、ストッキングの替えはバッグに入っている。ここには啓五以外に誰もいないので、マナー違反を咎める人もいない。
本当は賭けの褒美を変えてもらえばいい話だが、負けた時のことを見越してハードルを下げているとは思われたくない。ダーツのように遊び方を知らないならともかく、知っていると言ってしまった以上はもう引っ込められない。
「じゃあ、俺も本気でやらなきゃな」
クスクスと笑った啓五が、的玉を収めたラックをフットスポットへ滑らせた。そして余った手玉を陽芽子の方へ転がしてくる。
台の上に手玉と身体を固定した陽芽子は、狙いを定めて白い球を思いきり撞いた。
カコンッ―――
と小気味の良い音を響かせて、九つの的玉と白い手玉が方々へ弾け散っていく。ガコン、ゴトン、と球が落ちる音に乗って啓五の楽しそうな声が届いた。
「上手いな」
ビリヤードという遊戯は、経験がなければそもそも手玉を真っ直ぐに撞くことさえ出来ない。もちろん陽芽子に経験があると知っているから『賭けよう』と言ってきたのだろう。だが啓五の口調から察するに、彼は陽芽子がもっと下手だと高を括っていたようだ。
そんな陽芽子の一挙手一投足を観察するように、啓五がじっと見つめてくる。
「見られてるとやりにくいよ?」
「まぁまぁ、気にしなくていいから」
正面に立つ啓五に抗議すると、にこりと笑って誤魔化された。その笑顔に意識を持ってかれたのか、落とそうと思った球は一つしか落ちてくれず、次の手でも落とすことが出来なかった。
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