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火星にまだ人類が移住するずっと前。とある海辺に観測所がひっそりと佇んでいました。
誰も訪れることのない、忘れ去られた寂しいそこには、「6号」と呼ばれる若い観測員がたった1人で、まるで灯台守のように過ごしていました。
彼に名前などありません。ただ「6」という数字だけが、彼を表す全てだったのです。
ある日、ゴードンと名乗る機械工の老人が宇宙船に乗って1人の少女を連れ、6号の前にやってきました。
少女の名前はエヴァ。
透き通るような白い肌に琥珀色に輝く瞳、そして何より、闇よりも純度の高い黒髪が美しい、神秘的な少女でした。
歌声に誘われた6号が歩いて行くと、海辺の岩に腰をかけているエヴァの姿がありました。
彼女は6号のほうを振り向き、「あなたは誰?」と問いかけました。
彼は「観測員6号だ」と答えました。
しかしエヴァは、「違う」と首を小さく左右に振り、今度はこう言ったのです。
「あなたは、ここでなにをしているの?」
6号はなにも答えることができませんでした。
自分がどうしてここにいるのか。自分がなんのために存在しているのか。
そんなことを考えたことは愚か、疑問に思うことすらなかったのです。
突如として投げつけられた種は、6号の中で静かに、けれども確実に芽吹いてゆきました。
しばらくして、老人がエヴァを船に戻してしまうと、6号は、なぜか無性に少女に会いたくなりました。
彼は初めて「寂しい」という感情を知ったのです。
彼は決意しました、エヴァに会おうと。彼にはそれが、自分が何者かを知る唯一の手立てだと思えたのです。
観測所をあとにした6号は、永遠と続くような荒野を休むことなく歩き続けました。
しかし、何十回と夜が明けてもエヴァに会うことはできませんでした。
それどころか、彼女らの宇宙船の姿すら目にすることはありませんでした。
6号はもう二度と、エヴァに会うことは叶わないのかもしれないと悟りました。
それから何年もの月日が流れました。凍てつくような空気が辺りを覆い尽くしたある朝、見覚えのある後ろ姿が6号の前に現れました。
その再会は神秘的でした。
あの日と同じようにエヴァは振り向くとこう言いました。
「私を葬ってほしいの。どうか、あなたの手で」
エヴァの皮は剥がれ、関節はもげ、歯車とシリコンでできた機械の体が顕わになりました。
そう、少女は機械人形だったのです。
6号は、たった1人残された観測所の小部屋で、海へと沈んでゆくエヴァの姿を眺めていました。今はもう、あの壊れた機械人形を哀れだとは思いません。
所詮、自分もゴードン老人に作られた機械人形の1つに過ぎないと知ったのだから。
そして、彼はこうも思いました。
あの人形に「こころ」があったとしても、またなかったとしても、自分には関係のないことなのだと。
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