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ある待合室のような所に数人の男がいた。
待っている人がいるのだろう。ちらちらと腕時計を気にしている。緊張感溢れる空気だが、仲間だと考えられる。焦ったような表情のリーダー格の男が部屋の隅にたった。
気晴らしに彼はダーツの的の前に立つ。
手元のバレルを持ち的に向かって投げた。
ちょうど中央を射抜く。
満足そうに残骸を眺め板チョコを頬張る。
黒スーツを着た他の男が的を入れ替えた。
今度はワイングラスだ。
その的は一瞬にして砕け散った。
真っ赤な液体が飛び散りあたりが染まる。
そんな事お構い無しに的が変わり砕け散る。
次々とバレルを投げる彼は、どんなものでも綺麗に真ん中を射抜く事で有名だった。
あるものを除いて。
的を変える役だった男が眼鏡を取ってきた。
慎重に、わざと射抜きやすい場所に置く。
そのままゆっくりとうしろに下がった。
彼がバレンを持った。
その手が少し触れている。
バレンが彼の手から離れる
やまなりに弧をえがいて空を切る。
しかしそれは何に触れることも無くむなしく床に落ちていった。
「旦那、大丈夫ですか。」
ある男が心配そうに声をかける。
リーダー格は何も言わずその場に蹲った。
誰も何も言わないまま十数分が経った。
時計の秒針の音だけが響く。
彼の手に握られたバレンが少しづつ熱を持っていく。チョコレートは既に溶け始めているだろう。諦めたように彼は立ち上がりダーツを握り直した。
壁の時計に向かって思いっきり刺した。
何発も刺した。
粉々になるまでバレンを投げた。
誰も来ることはなかった。
男が的となった眼鏡を乱暴に取る。
力任せに折ろうとして、止める。
愛おしそうにメガネの縁をなぞった。
まるで恋人の髪を撫でるように。
彼の気性の荒さからは考えられないほど、
軽やかに。
「 。」
小声で待っていた人の名前を呟いた。
誰も来ることは無かった。
壊してしまった時計は音はしなかった。
それでも清々とした顔で彼は、溶けてしまったチョコレートを齧った。
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